20年ぶりの再会
2018年7月中旬。
場所は東京&秋葉原。
晴天。
わたしは秋葉原駅昭和出口を出ると、右側に旋回して万世橋付近を目指して歩きだした。
その日は約20年ぶりに学生時代の友人「A田(仮名)」と再会する記念すべき日なのであった。
華やいだ若者たちがはしゃいでいる。
そんな若者たちを横目に見ながら、わたしは万世橋の横にある「パセラリゾーツ秋葉原」に入った。
これは巨大かつ豪華な建物である。
地上7Fでそのすべてがレストランやカラオケである。
A田と待ち合わせたのはPM1時。
今は12時である。
まずはお昼の腹ごしらえだな。。。
と思いつつ、わたしはパセラリゾーツ秋葉原のレストランに入った。
テーブルの上にメニューが置かれている。
そのメニューの一番上に「店長お勧め!」という絵が描かれており、「ハニートーストチョコレートアイス」という食べ物が載っている。
でかい。
しかも値段も950円。
わたしはニヤリ・・・とほくそえんだ。
これだな。これしかない。
どうせアキバに来たならアキバでしか喰えない食べ物を喰わなければ、、、
そう考えたわたしはすかさず「ハニートーストチョコレートアイス」を注文した。
そして水をガブリと飲む。
「しかしそれにしても。。。」
わたしは考え込んだ。
「あれから約20年か、、、、」
わたしとA田は学生時代の良き友であった。
わたしのマンションで当時出始めであった「スーパーファミコン」で徹夜でRPGをプレイしたり、一緒にSMのアダルトビデオを観たりなどバカなことばかりやっていたものだ。
しかしそのうちに連絡が途切れがちになり、卒業の頃にはほとんど連絡が取れなくなった。
そして卒業。
風のウワサではA田は当時最先端であったコンピューター会社に入りSEとなったという。
わたしは哲学をさらに専攻するために大学院へ進んだ。
全く違う道を選んだふたり。
もう逢うこともないだろうと思って月日は経っていった。
そして約20年後の2014年。
SNS「フェイスブック」でA田を見つけたわたしはすかさずコンタクトを取った。
わたし「ぜひ東京で逢いたい」
A田からOKが出たのは6月中旬。
そして7月中旬秋葉原パセラリゾーツで逢う約束をした。
そしてまさに今日がその日であるのだった。
わたし「A田はどんなオトナになっただろうか。。。?」
そんな感慨に耽っていると注文の品が運ばれてきた。
これはで・か・い!!
「ハニートーストチョコレートアイス」はわたしの予想を大きく上回るでかさで、わたしの目の前にそびえたっているのであった。
「ハニートーストアイスチョコレート」を食べ始めたわたしは改めて驚嘆した。
食パンが丸々一個使用されており、中がくり抜けれてアイスクリームとチョコレートがパンの中に「ぶちこまれて」(下品な表現であるがこういうしかない)いる。
わたしはまずアイスクリームを食べ始めた。
しかしいくら経っても減る予感はない。
わたしは「さすがにこれはまずいな~。。。」と思い始めた。
もちろん生活習慣病予防の観点からである。
わたし「これを全部食べたら血中のコレステロールが倍増してしまう。」 そう思ったわたしはアイスクリームを三分の二ぐらい食べたところで切り上げることにした。
席を立ち会計を済ます。(980円)
なんだか食べ残したことで損をしたような複雑な気分に浸りながら、わたしはカラオケのロビーに向かった。↓
豪華である。
こんな豪華なカラオケ屋は見たことがない。
さすが東京。秋田では考えられない規模である。
わたしは待合用の椅子に座った。
横には石で出来たカエルの像が鎮座している。
これがなんともカワイイ。↓
ふとそのとき聞き覚えのある声がした。
A田「お待たせ~ぇ。。。」干からびたがらがら声である。わたしはちょっと驚いてひょいと振り向いた。
わたし「えッ!!」とわたしは絶句した。
そこに立っていたのは学生時代のA田とはかけ離れたうらぶれたオッサンだったからである。
身体は痩せ細り、顔はどすぐろく変色し、無精ひげを生やし、髪は真ん中辺が薄くなっている。
わたしはこのうらぶれた男がA田とはにわかには信じられなかった。
そして思わず声をかけるわたし。
わたし「A田、、、どうしたんだ?お前。。。」
A田はわたしの質問にはっきり答えるでもなく、力ない笑顔でえへらえへらと笑っているのであった。
眼の前に現れたうらぶれた男がA田であるとは、半ば信じられないままにわたしは受付で手続きをすませた。
わたし「予約していた◎◎です。3時間お願いします。」
受付「はい、3時間ですね。ドリンクは何になさいますか?」
なんとこのパセラリゾーツでは一杯までドリンク無料なのであった。
わたしは「桃ジュース」を頼んだ。
A田は「アイスコーヒー」を頼んだ。
受付「お部屋は7階でございます。」
わたしとA田はエレベーターに乗って7階へ直行した。
7階のドアがすー・・・と開く。
その瞬間。
わたし「む?」
微妙な違和感を感じてわたしは立ち止まった。なにか匂いがする。
これは、、、「香」だ!!香が焚かれているのだ。
香の匂いなど普段ほとんど嗅ぐことはない。
しかしカラオケ店であるパセラリゾーツではなぜか香が焚かれているのであった。
わたしは香の匂いが嫌いではない。
心地よい香の匂いにむせかえりながら、指定された部屋に向かった。
指定された部屋にどっしりと腰を下す。
A田も腰を下した。
ここでこの20年間でなにがあったのか、A田に聞いてみたかったが、まず雰囲気を和ませるためにカラオケをやることにした。
A田はわたしに先に歌ってくれという。
それならば、、、
ということで、わたしは「最初からクライマックスだぜ!!」の勢いで、
『紅蓮の弓矢』(リンクトホライズン&進撃の巨人主題歌)
『TO THE BIGNING』(カラフィナ&フェイト ゼロ主題歌)
『STAND PROUD』(橋本仁&ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース主題歌)
の3曲を渾身の力をこめて歌いあげた。
歌い終わってA田を見るとA田はまるで恐怖に慄いたように双眼を見開いている。
A田はおずおずとマイクを取ると
『亜麻色の髪の乙女』(島谷ひとみ)を歌いだした。
しかし全然腹から声が出ていない。
音程も外れている。
なんとか歌い終わると、下を向きながらA田はポツリと言った。
「すまん。こんなので。」
80年代に『戦え!イクサー1』やら『破邪大星ダンガイオー』やらの主題歌を力強く歌い上げていた20年前のA田の面影はもう微塵もなかった。
わたし「・・・そうか。もう同じ曲でA田と一緒に盛り上がるということはないのだな。。。」
あまりにも寂しくそのように思ったわたしは静かにA田に聴いた。
わたし「A田、、、いったいこの20年間になにがあったんだ?」
A田はもぐもぐと口を歪ませるとついに自分の身の上を話し出した。
「あ・・・」
A田が濁った声を出した。
カラオケで華やいでいた部屋の温度が一気に下がるのを感じた。
ついにA田が自分の過去について語りだしたのである。
このA田の話をそのまま筆写すると長くなるので、
わたしが話を整理して取捨選択をして書くことにする。
A田が1990年代初頭に東京のコンピューター会社に就職してSEになった。
ここまではわたしも把握している。
さてその後にA田がどうなったかが問題である。
なんでもA田にはパソコンのプログラムを組むのは非常にしんどい作業だったそうである。
来る日も来る日もパソコンのプログラムを組まされる毎日、A田の心は少しづつ荒んでいった。
そんなある日、A田は上司から呼び出されたそうである。
A田の上司「バグだらけやないけッ!!」
そう怒鳴られたそうである。
この日、A田は自分のSEとしての才能に限界を感じてコンピューター会社に辞表を書いた。
それからA田の転落の日々が始まった。
時は折りしも1998年。山一證券の破綻があった年である。
A田は毎日毎日ハローワークに通った。しかし全く良い仕事が見つからない。
平成大不況はすでに始まっていたのである。
A田はついに諦めた。
「挫折」、この重たい言葉がA田の背中にのしかかる。
しかし東京でホームレスになるわけにはいかない。
A田はナミダを飲んで東京から故郷のある九州・宮崎県へ帰郷した。
しかし故郷でも親との諍いが絶えなかったそうである。
2~3年の無職生活の後、A田は再び決意する。
もう一度コンピューターで喰ってやる!と。
A田は再起を賭けて再び上京して今度はインターネットの作業員になった。
しかしまた仕事が上手くいかない。
失敗に失敗が続く毎日。
A田「やはり俺にコンピューターの仕事は無理だったか。」
そう思ってインターネットの作業員に辞表を書いたのが2010年。
A田は介護の仕事に就いた。
しかし介護の仕事がキツイのはもちろんであるが介護の仕事特有の「人間関係」に苦しんでいる、もう介護の仕事も止めようかと思っている。
A田はここまで一気に話した。
わたしは声も出なかった。
ただA田を受け入れてくれなかった世間人海(せけんじんかい)の酷薄さを思った。
その酷薄さに苛まれながらA田がどんな思いで生きてきたのかを思った。
わたし「A田、、、おまえ、本当に苦労したんだな。。。」
その瞬間、ニワトリの眼のように表情が無かったA田の眼に光るものがあった。
それはみるみるうちにふくらんで、やがて一粒の流星のごとく流れ落ちていった。
もうカラオケをやっているような雰囲気ではなかった。
わたしはA田にやさしく声をかけた。わたし「メシでも喰いにいこうぜ、、、メシを喰えば楽になる。メシさえ喰えば。。。」
そうしてわたしとA田は席を立ってカラオケルームを後にした。
まずA田が先に席を立った。わたしもそれに続く。
部屋の外に出るとまたしても、むせかえるような香の匂い。
わたしたち2人はエレベーターで1Fに降りフロントへ向かった。
わたしはA田に「ちょっと待って」といいフロントで会計を済ませた。
フロント「3時間で3000円でーす!」・・・安い、とわたしは思った。これだけ洒落てキレイな建物で、さらにカラオケの曲数も充実しており、ワンドリンクまでついている。
それで3時間ひとり1500円である。
読者の諸兄諸氏よ。
アキバでカラオケをやるんだったらパセラリゾーツをお勧めする。
此処は間違いのない店である。
A田から1500円もらうと店外に出る。
ムッとするような東京の夏の空気が押し寄せるように絡みつく。
東京の夏はじっとりと湿っている。
そんな蒸し暑さの中でも若いヲタクたちは華やいでいるのであった。
どういうわけかA田のようなうらぶれた感じの男はひとりも見えない。
A田はそれだけアキバでは異質だった。
いや、A田のような男はそもそも最初からアキバへはこないのであろう。
わたし「さて、どこへ行こうか??」
A田「おまえに任せるよ。」
というわけで、わたしたちはパセラリゾーツから歩いてすぐの「ムーランAKIBA」という中古DVD販売店を冷やかすことにした。
「ムーランAKIBA」はパセラリゾーツから歩いて五分、すぐ見つかった。
「ムーランAKIBA」に入るとそれほど広くない店内に中古DVDが所狭しと置いてあるのだった。
『ガンダムSEED』『かんなぎ』『らき☆すた』『宇宙戦艦ヤマト2199』『黄昏乙女×アムネジア』等等、どんな基準で並んでいるのか全く見当もつかない有様でアニメDVDがぎっしり並んでいる。
わたしはA田に問うた。
わたし「A田は最近どんなアニメを観るの?」
A田「すまん、、、仕事でアニメどころじゃないんだ。。。」
わたしはまずい質問をしたなとじぶんを恥じた。
A田にしてみれば介護の仕事に追われる毎日、とてもアニメなど観ている心の余裕はないだろう。
わたしがそんなことを考えて息を詰まらせているとA田はわたしをかばうように優しく言った。
A田「せっかく秋葉原に来たのだから記念にアニメDVDを一枚買って帰るよ。選んでくれ。」
わたしはA田のために気合を入れてアニメDVDを選ぶことにした。そこでやはり選ぶとしたら人気作だな、と思った。なぜなら人気作とは万人に受け入れられている普遍的な作品という意味だ。ここは間違いのないように選ばなければ、、、。
わたしは『化物語』と『魔法少女まどか☆マギカ』のDVDを探し出して、もし奨めるとしたらこのどちらかであるな、、、と思うた。
しかし『まど☆マギ』はともかく『化物語』は15話で完結するストーリーの作品ではない。現在も『物語シリーズ』として続編のストーリーが進行している。
そこでわたしは『まど☆マギ』をA田に推薦することにした。
ちょいとストーリーが暗いのが難点であるが。。。
A田がレジで『まど☆マギ』のDVD一巻を買っている。
そしてふたりは5時だというのにまだ明るい初夏のアキバの街路へ飛び出した。
A田「メシ喰ったら帰るよ。。。明日も仕事あるから。」
というわけでわたしたちは「ムーランAKIBA」の近場にあるイタリア料理店で食事をすることにした。A田がスパゲッティを喰いたいというのでそれに合わせたのだ。
イタリア料理店に入ってゆくふたり。
初夏の長い昼もそろそろ黄昏時に入りつつあった。
ブラックホールのような大きな口をありありと見開いて、A田がまるで唸るように言った。
A田「・・・でも、もう、終わるさ・・・」
その言葉がまるで攻撃呪文でもあるかのように、わたしの周りの空間が奇妙に屈折してくるのをわたしは感じた。
隣の客がずっと遠くに見える。
今まで見えていた店員たちも姿を消してしまった。
イタリア料理店にわたしとA田のふたりだけがとり残されたような気がした。
そして「もう、終わる」とは?
わたしは最初にこれはA田の自殺予告だと思った。
しかし今気づいた。この「ご神託」はそんな意味ではない!
「世界の終わり」を告げる終末への預言だっ!!
わたしは逃げようとした。
しかし金縛りにでもあったようにわたしの身体はピクリとも動かない。
A田が抱える暗黒世界へとずるずると引っ張られていくわたし。
床の角度が水平からA田のほうへ滑り台のように傾いていく。
もし、このまま、A田の暗黒へ引き込まれてしまったら、、、?
「永遠にA田の作り出した暗黒世界を彷徨い続けることになる」。。。!!
危険ッ!極めて危険ッ!!
今すぐにこの状態から脱出しなければッ!!
「大変なこと」になる!!
A田が顔の右半分を歪めてニヤリ・・・と笑った。
次の瞬間。。。
「パーーーン!」
わたしはA田の顔面にビンタを喰らわしていた。・・・
◆ ◆
隣の席の客の話し声が聴こえる。
店員たちがキビキビ動いているのが見える。
わたしはハッと気がついた。
「見慣れた日常」に戻ったのだ。
もしあのままA田の暗黒世界に引き込まれていたら。。。
恐ろしい想像がわたしの頭の中で渦巻いた。
わたしがA田を見るとA田はぼんやりしている。
わたしはA田に声をかけた。
わたし「おい!!」
わたし「おいッ!!A田!!シッカリしろ!!!」
A田「うぇ、、、ごほごほ。。。」
A田は咳き込みながらわたしを見た。
わたし「おい、今何が起きたんだ?」
A田はぼんやりした顔からようやく表情を取り戻しつつあった。
A田もまた「日常」へ帰ってきたのだ。
A田「最近よくあるんだ。なにか現実感がなくなるというか、脳みそが宙に浮かんでいる、というか。」
わたし「まあ、そういうこともあるんだろうな。しかし俺は本当に危なかったぞ。。。」
A田が「?」という顔でわたしを見ている。
恐らくA田には自覚がないのであろう。
わたしをひきこもうとしたのはA田の深層意識(イド)だ。
通常時のA田には罪がない。
それにしてもこういうことは非常に稀だがありうるのだ。
日常にポッカリ開いた「深淵」への入り口が突然口を開けることが。
そしてその「鍵」となるものはある一個人のどうしようもない絶望や怒りであったりする。
わたしが「深淵」の入り口を見たことは、これが最初ではないのでそれほど驚きはしない。
しかしただ一言で総括するならば、「A田の抱える『闇』は他人を引き込むほど強烈なものであったのか。」ということである。
さてわたしはリブステーキの最後の一切れをガブリと口にするとA田に声をかけた。
わたし「おい、行くぞ。」
「深淵」が口を開きかけたイタリア料理店、そこのレジで会計を済ましてわたしとA田は夜の秋葉原の大通りに躍(おど)り出た。
夕食を食べ終わったわたしとA田がイタリア料理店を出る。
夜はもうとっぷりと暮れて、空には満天の星がきらめく。
わたしもA田も無言であった。
わたしたちは坦々と秋葉原駅に向かって歩いてゆく。
秋葉原の街路で笑いざわめくヲタクたちが20年前のわたしとA田に重なってゆく。
わたしは口を開いた。「そっか~、、、20年前はアキバの石丸電気でいつもLD(レーザーディスク)を買いあさっていたもんな~」
A田は無言である。しかしその沈黙は息苦しいものではなかった。
「そんなことは十分にわかっている。」という安堵の沈黙であった。
あの頃はわたしもA田もLD蒐集に夢中であった。めずらしいLDを買い求めてはお互いに自慢しあったものである。
しかしもうその時期のLDは現在ではほとんど残っていない。
人心の移ろいやすさを痛感しながらも、わたしとA田は今日逢えたことの奇跡を無言で噛み締めていた。
やがてわたしとA田は秋葉原駅電気街改札にたどりついた。A田の自宅はJR立川駅、わたしの今夜の宿は秋葉原である。
20年ぶりの再会ももうお別れか、、、とわたしが感傷に浸っているとA田が口を開いた。
A田「もう終わるさ、、、つまり、この苦しみももう終わるさ、さっきはそう言ったけど。」
わたしは無言でうなずいた。おそらくこの会話が本日最後の会話になるだろう。
A田「とりあえずまだ終わらせないよ。・・・一日一日を噛み締めながら引き延ばしてみる。」
わたしは無言でうなづいた。
そしてひとことこう言った「がんばれよっ!!」
A田「とりあえず『まど☆マギ』のDVD観てみるよ。それからもう一度色んなことを考えてみたい。」
臨床心理士の世界では心を病む人に「がんばれよ」という激励は禁句なのだそうである。
しかしそのときのわたしとA田の間には心理学などというしゃらくさいものが入り込む余地は無かった。
ただひたすらに直截(ちょくさい)なA田への思いが「がんばれよっ」という言葉になってほとばしったのだ。
A田もわたしの思いを受け取ってくれるだろう。わたしたちの約25年間にも及ぶ友情ならその程度のことなら簡単に為し遂げられる。
A田「それじゃ、おまえもがんばれよ。」
その言葉を聞きながらわたしたちは熱い握手をかわしあった。
それは永訣の別れの文言のようで、不思議な再会の予感に満ちていた。
またちかいうちにA田と再会できるだろう。そしてまたわたしとA田との間に新たな物語が始まってゆく。
A田が切符を買って自動改札口に切符を入れる。
A田は改札をくぐった。
わたしは手を振り続けている。
A田が人ごみの中に入ってゆく。
わたしはまだ手を振り続ける。
やがてA田が人ごみの中に消えた。
わたしは手を下ろした。
わたしは一片の詩を思い出していた。
『戦士の休息』 寺山修司
「ふりむけば
いまも喝采がきこえる
戦っている自分がみえる
ふりむけば
心臓にこだまする汽笛がきこえる
家を出た日の夜明けが見える
ふりむけば
ほつれた髪の一人の女が見える
鉄路に叩きつけられたウィスキーの空壜
挫折もあったし
まわり道もあったのだ
ふりむけば
包帯ににじんだ血をじっと見つめてる
四回戦ボーイがみえる
人生にたった一つの椅子をさがして
さまよってきた俺が見える
ふりむけば
倒れてゆくあいつの顔が見える
同じ夢に賭けたあいつの美しい無念が見える
ふりむくな
ふりむくな
男のうしろにあるのは
いつも荒野ばかりだ
俺の捨てた栄光のベルトにむらがる
飢えた奴らの雄叫びに耳をふさごう
人生は終わりのないロードワーク
何一つ終わったわけじゃないのさ
さらば、友よ!」
この詩がわたしからA田へのメッセージであるのか、それとも今後のわたし自身への決意であるのか、それはわからない。
ただ今この瞬間の心情を表現するにはこの詩しかない。そのようにわたしには思われた。
今後、わたしとA田がもう一度邂逅できるのかどうかはわからない。
しかし「もう一度逢う」、そんなことはもうどうでも良かった。
今日一日でわたしとA田はふたたびわかり合うことができた。それだけで十分だ。
そう思うとわたしは今夜宿泊するためのホテルに向かって方向転換した。
そして念を押すように、もう一度、
「さらば、友よ!」、、、そのようにわたしは言葉もなく噛み締めるとしっかりと前を向いて、万世橋へ向かって歩き出した。
(了&合掌)
(2019年3月22日&黒猫館&黒猫館館長)