版画の魅力
(2017年2月10日(この講演の初稿は2014年に書かれた。今回、推敲を加えて完全版として公開するものである。))
(↑アルフォンス・イノウエ氏の銅版画↑)
Ⅰ 版画人気の復活
本造りを独学で学ばれたという北見俊一氏のプライヴェート・プレス「水仁舎」から2014年秋に発行予定である『アルフォンス・イノウエ蔵書票カタログ・レゾネ』が現在(2014年初夏)すでに予約満席であるという。
この『アルフォンス・イノウエ蔵書票カタログ・レゾネ』は限定21部で定価はなんと215000円という代物であるらしいが、予約開始と共に電話が殺到してアッという間に予約満席になったという。
回復傾向にあると新聞は報じるが、庶民にはさっぱり景気回復の実感がない現代の日本で215000円の本がアッという間に予約満席になるとは驚きを通り越して痛快な気分になってしまう出来事であるだろう。
もちろんこれは景気回復の一旦を担う出来事ではなく、現代の人気銅版画家であるアルフォンス・イノウエ氏の並外れた人気を語るエピソードであろう。
現代の若者諸兄がいかにアルフォンス・イノウエ氏の版画に魅了されているかのみならず、昭和50年代をピークに衰退に向かった「版画人気」の復活を伝える快挙であるように思われる。
それでは肉筆画ともポスターとも違う「版画」、この技法の絵画に特殊な魅力とはなんなのであろうか。
Ⅱ 版画の種類
版画とは文字通り板に絵を彫ってそれを紙に押し付けて出来る絵画手法である。
板の種類から、
・木版画
・銅版画(エッチング)
・石版画(リトグラフ)
・孔版画(シルクスクリーン&「プリントごっこ」と同じ原理のもの)
が存在しており、それぞれ個性的な魅力を発している。
しかしこれらの版画に共通することは「絵師(原画を描く人)」&「彫師(原版を彫る人)」&「刷師(原版に塗料を塗って印刷する人)」の最低三人の人間の連携プレイによって完成する技法である、ということである。
例外的に絵師が「彫師」&「刷師」まで担当することがあるが、大抵の場合版画を完成させるには最低でも3人の特殊技法を身に付けた人間が必要となる。
そういう意味でたった一人で出来上がる肉筆画とは成立過程が異なり、複数の人間によって完成する絵画技法が版画である、と言って良い。
3人の人間の連携プレイであるのだから、版画が完成するまでには複雑な「過程」が必要となる。この「過程」の中に版画の面白みがあると言っても過言ではない。
「絵師」&「彫師」&「刷師」という三人の人間の情念というか息使いのようなものが版画を見ていると感じられてくる。
そしてこの三人の人間がその極限の芸を競い合う舞台が「版画」なのである。
これで面白くないはずがない。
読者諸兄も一度は本物の版画をご自分で買ってみることをお勧めする。
きっと諸兄の趣味の世界に新たな地平が開けるだろう。
Ⅲ 大衆藝術としての「版画」
さて、こういうことを書くと「とは言っても、、、」という声があがるのは必定(ひつじょう)であろう。
それはわたしも心得ている。
「版画って『値段』が高いんじゃないの?」・・・
しかしアルフォンス・イノウエや山本六三などの昨今の人気版画家の版画が高いのは当たり前であるが、彼らよりちょいと知名度が低い版画家の作品なら3000円程度から買える。
よく友人から聞かれる話であるが「版画は高い」と思い込んでいる人がいる。
しかしそれは思い込みである。
よくデパートの一角でカラフルな色使いのイルカやら銀河鉄道999のメーテルやらきたのじゅんこ描く美少女やらの「版画」が売られていることがあるが、あれはジグレー(コンピューターによって画面処理した新しい版画手法のひとつ)といって、従来の版画とは種類も市場も異なるものである。
ジグレーを貶(けな)す意図はないが、ジグレーの世界は従来の版画の世界より商業主義的傾向の強い世界であると聞く。値段が高いのは当然であるだろう。
その点において、従来型の木版画&銅版画&石版画の値段はピンからキリまで揃っている。
読者諸兄の諸君はご自分のご予算にそってお好きな版画を買ってほしいと思う。
Ⅳ 「版画」は「複製画」か?
「とはいっても版画なんて所詮は複製画であるから美術的な価値は低いんでないの?」
と論戦を挑んでくる御仁がたまにいるが、「版画が複製画」というのは正確には誤りである。
基本的に一点物である肉筆画と違って、版画は50枚~100枚単位で刷られる。
この50枚~100枚に「エディション(限定番号)」&「(絵師の)署名」&「題名」が肉筆で余白に書かれるのが正式な版画の流儀である。(「題名」は場合によって省かれることがある。)
この中で一番重要なのが「署名」である。
「署名」は作者は「これはわたしが作った美術品です」という意志を表明する意味合いを持つ。
であるから50枚刷られて、その全部に作者の「署名」が入っていたらその50枚は全部「本物」なのである、と言ってよい。
中には木やら銅やらで出来た「原版」を「オリジナル」と見る向きもあるだろうが、「原版」は版画の世界では完成品ではない。
原版によって50枚の版画が刷られたら、その50枚全部が「本物」なのだ。複製画が入り込む余地はない。
つまり一点物である肉筆画と違って版画は50枚なり100枚なりが全部「本物」なのだ。これが原画の複製品であるポスターとは全く違う版画の魅力である。
当然枚数があるのだから、肉筆画に比べて値段が安いし大勢の人間が入手できる。版画の魅力とはこういう場所にもあるのである。
付け加えるならば版画をお買い求めになる際は余白に最低でも「署名」&「エディション」が入っているかどうかのご確認をお忘れなきように。
Ⅴ 「美を求める心」
さて読者諸兄が版画を一枚買ったとしたら、ぜひ額縁屋で額装してもらおう。
「額」があるのとないのとでは見栄えが大違いである。
そしてぜひご自分の部屋の一番目立つ場所に掛けてくれ給へ。
きっと部屋の様子が一変するであろう。
「絵のある部屋」は「絵のない部屋」と確実になにかが違う。
わたしが思うに「絵のある部屋」にあるものは「美を求める心」であると思う。
そんな「美」を代弁する「版画」という美術品を側に置くことによって、より豊かな人間になってほしい、これがわたしから読者諸兄に贈る「希望」である。
(了)
(黒猫館&黒猫館館長)