アングラ演劇よ、永遠に
(講演日=2012年6月17日)
(↑状況劇場をリユニオンした「劇団 唐組」の公演のチラシ)
1 なつかしい手紙。
本日の午後、自宅の郵便受けを見たら、東京から小劇場「劇団 燐光群」のダイレクトメールがきていた。わたしは「なつかしいなァ・・・燐光群か」などと一人ごちながら手紙の封を切った。
その手紙によると、「劇団 燐光群」の次の演目は「宇宙みそ汁」、劇場は「BOX 梅が丘」、公演期間は7月2日から一週間。
わたしはひさしぶりに「劇団 燐光群」の公演が観たくなった。
今年の7月に上京するついでにこの公演を観てくることにした。
実はわたしの実家にくる演劇のダイレクトメールは「劇団 燐光群」だけではない。「新宿梁山泊」、「月蝕歌劇団」、「劇団 第七病棟」、「劇団 万有引力」など数々の小劇場のダイレクトメールがしばしばわたしの実家の郵便受けに迷い込む。
秋田〜東京といえば遠い。そうしばしば東京で観劇できる状況ではないわたしに東京からの帰郷の後、約15年経った今でもダイレクトメールを送ってくれるこれらの劇団たちにわたしは心底感謝している。
こういう「ひとりひとりの観客を大切にする態度」が太くはないが息の長い活動をしている小劇場たちの集客力の源なのだろうと思う。
2 小劇場がアングラ劇団だった頃。
さて、わたしが東京在住時代に最も熱心に演劇を観ていた時代は1980年代後半である。この時代は「アングラ劇団の筆頭」と呼ばれた唐十郎の「状況劇場」も健在であったし、寺山修司の「天井桟敷」もまだ解散直後の時期であった。
いわばまだ1960年代から続く「アングラ演劇」が健在だった時代である。
ちなみに先述の逆手洋二の「劇団 燐光群」もアングラ第二世代と呼ばれた「劇団 転位21」から分派した堂々たる「アングラ劇団」であった。
わたしはまるで毎晩のように新宿や渋谷などの歓楽街をうろつきながら、この「アングラ演劇」を観て歩いたものである。
大学の教授や学生たちから孤立していたわたしにとって、アングラ劇団の劇団員たちのほうがよほど身近で親しく感じられたものであった。
時代は折りしもバブルの絶頂期、東京の街全体が一晩中紅く燃えているように感じられたものだ。
現在はほとんど「アングラ演劇」という言葉が「小劇場」という言葉に置き換わってしまった感がある時代であるが、わたしは現在でも「アングラ演劇」にこだわりたい。
「アングラ演劇」・・・その語源は第二次世界大戦渦中のフランスまで遡るという。
当時、ナチスに占領されていたパリの知識人たちが「反体制藝術家同盟」を結成して酒場の地下(アンダーグラウンド)などで、極めて反体制&反権力のポリシーに満ち溢れた演劇を上演した。
その中には若き日のサルトルやカミュの姿も混じっていたという。
ナチスに占領されたことはフランスにとって不幸な事態であったが藝術活動が平常時より盛んになったことは歴史の逆説を見る思いである。
さよう、人間の藝術活動はどんな強大で残酷な政治権力を持ってしても押さえつけることはできないのだ。
3 アングラ演劇の「わからなさ」。
さて演劇好きの人でも「アングラ演劇だけはダメだ。」という人が沢山いる。
その理由は恐らく、アングラ演劇が独特にもつ「ストーリーのわからなさ」に起因するものが大きいと思う。
わたしも唐十郎の状況劇場を始めて観た時は唖然としたものだ。まるでストーリーに脈略が感じられない。
な・・・なんだ、これは?とわたしが呆然としていると、クライマックスで突如としてテントが割れた(テントが外に向かってひらく事を指す演劇用
語)。役者たちが一斉に外に向かって飛び出してゆく。まるで演劇空間と現実が同一の世界で統一されたような奇妙な陶酔がわたしを襲った。
この瞬間にわたしは理解した。
ストーリーなど演劇にとって重要ではない。
ただ一瞬一瞬を演じつくす衝迫力こそが重要なのだ。
このような衝迫力こそ現在でも健在な劇作家・鈴木忠志の唱える「劇的なるもの」なのであろうと思う。
「なにがなんだかわからないけど凄い」。こういう体験をしたことは読者の諸君にもあるだろう。あるときは古典文学を読んでいるとき、あるいはアニメを観ているときなどに。
「考えるな、感じろ」このブルー・スリーのテーゼは演劇の世界でも需要なのである。
4 アングラ演劇よ 永遠なれ
1990年代に入ってからアングラ演劇は急激に縮小してゆく。
それは「第三舞台」&「劇団 夢の遊眠社」などの「ポスト・アングラ劇団」の台頭の影響であるだろうし、年を経るごとに深刻になってゆく「不況」の影響もあるだろう。
しかしわたしはわたしはあくまで「アングラ演劇」とその母体たる「アングラ劇団」に拘りたい。
アングラとはまず第一に反体制&反権力を意味する。
現代の日本社会が折りしも太平洋戦争前夜にも似た右傾化が台頭している状況であるからこそアングラ劇団が必要なのだと思う。
そしてアングラ劇団が描き出す人間の暗部、「もっと暗く」が口癖であるデビット・リンチのようにわたしは「暗さ」に拘りたい。人間は闇から生まれ、闇の中へと沈むように死んでゆく。
ただ単に明るいだけの(照明的&ストーリー的に)商業演劇などわたしには興味がない。「暗さ」の中に人間の本質を視ようと試みるアングラ劇団こそわたしの心性には合っている。
現在、「小劇場」という偽名で世間を欺いて、脈々と息を存(ながら)えているアングラ劇団たち。アングラ劇団は不変なのだ。どんなに時代が変わろうと。
反骨の徒が集合する時、そこにはいつも「アングラ劇団」が立ち現れるだろう。
いざ!東京へ!!
2012年、約20年ぶりに燐光群の芝居を観ることによって、わたしは20代の頃の猛犬のような攻撃性を取り戻そうと思っている。
【完】
(黒猫館&黒猫館館長)