エリザベス会館体験記
(講演日 2010年9月29日)
空気がねっちょりと肌に絡みつく。
これはまさしく東京の夏だな、と痛感する。
2010年9月初め、東京に遊んだわたしは「浅草橋」という街をのろのろと歩き続けていた。
いつまで経っても目標の建物が見えてこない・・・という焦燥感がわたしを襲う。
しかし次の瞬間わたしは発見した。40年以上の歴史を誇る名門女装クラブ「エリザベス会館」のビルが目前に迫っている。
わたしは一度エリザベス会館に挫折している。当時学生だったわたしはその当時は亀戸にあったエリザベス会館まで来ては見たものの、結局女装する勇気が持てずサロンにあがることができなかった。
しかし今回は15年以上前のリベンジである。女装文化がコスプレ文化と融合して敷居が低くなった今こそ、わたしが女装すべき時である。そう固く心を噛み締めるとわたしはゆっくりした足取りでエリザベス会館に入場した。
エリザベス会館一階。
そこは女装用品売り場である。初回入場者はここで下着を買わなくてはならない。わたしはブラ、ショーツ、タイツ、キャミソールを買い求めると、次のステップ、エリザベス会館四階へエレベーターであがった。
エレベーターが開いた瞬間元気の良いおばさんの声がした。「はい!いらっしゃい!!」ここで女装志願者はレンタル衣装を借りる。わたしは迷わず憧れのチャイナドレスを選んだ。
靴はハイヒール、そして更衣室で女性用下着に着替える。
しかしブラのつけ方が難しい。こんなに難しいものとは思わなかった。わたしは散々苦労してブラをつけるとショーツとキャミソールを着て、いよいよチャイナドレスを着込んだ。しかしこれがまたボタンのかけ方が複雑な衣装である。
結局わたしは女性スタッフに頼んでチャイナドレスのボタンをかけてもらった。
更衣室から出るとメイクとウイッグの選択である。
おばさんに「どんなふう?」と聞かれたわたしは散々迷った末に「スーパーモデルの山口小夜子のようにしてください。」と言った。
「ふ〜ん・・・」おばさんの無機質な返事!
どんどん自分の顔にメイクが塗られていく。なんだか自分ではない他人になってゆくようだ。さらにウイッグをおばさんが持ってきた。
ウイッグを被ると女装完成。
ハイヒールを履いたわたしはいよいよエリザベス会館4階サロンに足を踏み入れた。
エレべーターがスー・・・と開く。
すると「おかえりなさーい!!」という複数の女性スタッフの声がする。慣れないハイヒールでおずおずと歩くわたしを優しくサポートしてくれる女性スタッフ。
「ではまず写真をとりましょうか?」
ということで立ったポーズで一枚、座ったポーズで3枚撮ってもらった。立ったポーズの写真と座ったポーズの中の一枚はみなさんにお見せできない。なぜならおばさんっぽく写ってしまったからだ。
写真移りというものは恐ろしいものだ。
そのときの角度・表情・光線によってまるで別の顔になってしまう。
さてサロンの自動販売機でジュースを買うと、口紅が溶けるとまずいということで女性スタッフがストローを出してくれた。こういう細かい心遣いがうれしい。
女性スタッフとアニメ「けいおん!!」の話が出たのでわたしは熱心に話しこんだ。
わたし「やっぱり澪にあこがれますねぇ〜」
女性スタッフ「みなさんそうおっしゃいます(笑)」
他の女装者たちは見たところ50代・60代のおじさん(おばさん?)が中心。どうも話がかみ合いそうもないのでわたしはここでサロンを去ることにした。
スタッフ「いってらっしゃ〜い!!」
更衣室で下着を脱ぎながらわたしはつくづく来て良かったと思った。これほど楽しい時間は何年ぶりであろう。わたしは次回もその次も上京の際はエリザベス会館に足を運ぶことに決めた。
さて「越境」とはなにもトルコに行くことだけではない。男と女の垣根を越えること、これも立派な「越境」なのだ。
そして「越境」に必要なものは冒険心である。
冒険心を何歳になろうと持ち続けていれば人生は驚きと感動に満ちている。そう固く心に誓ったわたしは浅草橋を後にしてホテルのあるお茶の水に向かった。
(黒猫館&黒猫館館長)