ひばり書房黒枠のおもひで

(ひばり書房黒枠の中でもレア度の高い清水修(現・清水おさむ)の『魔血子』)
神奈川県には南北に走る線(小田急線・田園都市線・東横線等)とは別に東西に走る線(南武線・横浜線・相鉄線等)がある。
20年近く昔のある日の午後、わたしは南武線下りに乗ってガランとした車内でカルピスウォーターを飲んでいた。
目的はその頃出来始めた郊外型新古書店に行くためである。ブックオフ創生期以前にも郊外型新古書店というものは存在していたのである。
「やこう」「中野島」「向かいかわら」・・・聞いたこともない駅名が次々通りすぎる。
わたしはカルピスウォーターを飲み終わると府中近辺の小駅で降りた。
そしてそこからテクテク歩く。これが結構長い。30 分も歩いたであろうか。やがて体育館のようなデカイ建 物が見えてくる。これが出始めの頃の郊外型古書店であった。
中に入るととにかく漫画・漫画・漫画の山である。
わたしは少女漫画のコーナーへ進み、さらにその中でも一層薄暗く隅っこの方へと歩を進める。
「あった!」目的の物(ブツ)はあった。
まるで棚の隅の隅に追いやられているような黒っぽい一連の本、これらが「ひばり書房黒枠」であった。題名を見ると「ふくしゅう」「たたり」「美しき奇形児」「怪獣少女」「魔血子」「くろねこ」「少女がどろどろ流れる」などドクドクしくも奇妙な詩的感覚に恵まれているような題名がゴシック体ではなくまるで血をぶちまけて描いたような手描き文字で印刷されている。
このひばり書房黒枠をみたら即座に買う!のがわたしの習慣であった。
大抵値段は100円であったから10冊買っても1000円であったのだ。
当時は。
その横に「ひばり書房ヒットコミックス」という80年代に出版された綺麗な本もあったのだが、わたしはこちらには手を出さなかった。
なにかこうどろどろした土俗的な「呪」のようなものが装釘や題名から感じられなかったからである。
たとえば70年代黒枠では「くろねこ」、80年代のヒットコミックス版新装版では「怪談 !!黒猫」これではどちらの題名のほうが貸本調怪奇漫画に合っているか一目瞭然であろう。
さてひばり書房黒枠を買ったわたしは自分のアパートへ帰る。
神奈川県の片田舎の夕日がやけに不気味に感じられたものだ。そしてアパートに到着すると本棚にひばり書房黒枠を収めるとひとり満足するのであった。
別に古書的価値はその当時は限りなく0に近かったがわたしはこれで満足だったのだ。
家族がアパートに来た時は「こんな俗っぽい悪趣味な漫画本集めて!」と散々なことを言われたがわたしは全く意をかえさなかった。
さてそんなこんなで時が過ぎ、約20年が過ぎた。東京をぶらついていたわたしは漫画専門店に入るとガラスケースをぶらりと見る。
するとそこにはなんとあのひばり書房黒枠が4桁の値段で売られているではないか。
わたしは仰天した。
しかし後で知った四桁などまだまだ甘い方で例えば影森奇蝶(白川まり奈のPN)『鬼姫おろち』などはなんと最近では10万円近い値段がつくという。
とにかくわたしがただ自分の美的センスに従って集めていたガラクタが宝物、いや一財産に変貌したのだ。わた
しは腰を抜かした。
さてわたしに一財産をもたらしたのは一体なにが原因 であったのであろうか。
もしわたしが20年前にすでに高値がついていた楳図かずおや水木しげるの蒐集に夢中になっていたら一財産作るどころか一財産失っていたかもしれぬ。
わたしの良かった点は「外部の評価」を意に返さずひたすら自分の美的センスが許すものを選択した結果であろう。
このことは実は重要である。
自分が良い と思わない物が他人が良いと思うわけがないのだ。
物を買う時は「まず自分がどう思うか」これを一番に優先しなくてはならない。
このことをわたしはひばり書房黒枠の経験から得たのである。
最近はもうひばり書房黒枠をわたしは集めない。値段が高くなりすぎたのと、本の興味が他の分野に移ったためである。
しかし当時蒐集したひばり書房黒枠は財産であるばかりかわたしの若き日々の貴重なおもひでである。
現在、なにかを蒐集している若きコレクター諸君、そして一般の方々、くれぐれも「自分の審美眼」を大事にしてほしいとわたしは思う。
そうすれば諸君も将来一財産築けるチャンスはいくらでもある。
ひばり書房黒枠はわたしの古書蒐集歴の中でとりわけ重要なアイテムである。
(黒猫館&黒猫館館長)
