神々の宮

(光姫の出発)

 

 

 

うっすらと両目を開ける光姫。
しかし重力というものが感じられない。
まるで浮遊しているかのような不思議な感覚に戸惑いながら光姫は身体を起こした。

みえるものはどこまでも続く薄明の世界。
星星、そして空一面を覆うオーロラ。 

 

「黒猫館守護神」

目覚めましたか。
光姫。

 

「光姫」

守護神様。
此処はどこななのですか?

 

「黒猫館守護神」

此処はもう完全な神々の世界、すなわち「神々の宮」です。
わたしも創造神イエホヴァもこの場所で生まれ、この場所で育ちました。

光姫。
先程の大爆発の際、
わたしは神としてもてる最後の力をもって貴方をこの場所まで移動させました。

あの大爆発はわたしが「存在の長」の触手の一本を破壊した際に発生したものです。

 

「光姫」

先程の大爆発の際、
悲鳴に加えて気味の悪い笑い声が聞こえました。
あの声はなんだったのですか? 

 

 

「黒猫館守護神」

あの笑い声はいわば「存在の長」の「宣戦布告」です。
現在すでに祭壇座星雲変光星団、並びに髪の毛座星雲櫛型銀河集団に位置する、
「存在の長」の触手二本がこの銀河系に向かって移動を開始しています。

光姫。
「βー1118」の地球人類にとっての本当の戦いはこれから始まるのです。
しかし。
この戦いはあなたがた地球人類は自ら選び取ったもの。
もう逃げることはできません。

しかし。
光姫。

 

 

「光姫」

なんでしょうか?
守護神様?

 

「黒猫館守護神」

貴方はもう人間として十分戦いました。
人間としての義務。
それを超える働きを貴方は今回の「聖域」での戦いで果たしました。
それ故。
もし貴方が望むなら神々の一族として貴方をこの神々の宮に招きましょう。
「永遠の生命」。
それを貴方に差し上げたいと思います。

 

 

「光姫」

守護神様。
残念ですがお断りします。
わたしには『夢』がありますから。

 

 

「黒猫館守護神」

光姫。
貴方にとっての『夢』。
それはいったいなんなのですか?
良かったら教えなさい。 

 

 

「光姫」

わたしにとっての『夢』。
それは「小学校の教師になること」です。

わたしは幼い頃から「小学校の先生になりたい。」と思って生きてきました。
そのために大学に入り、教職課程の履修も受けています。

わたしにとって「小学校の教師」となり、
廻り来る四季を子供たちと共に過ごし、
わたしの人生で培ったすべての知恵を子供たちに教え、
そして小学校六年の課程を終え、青春という名の戦いのなかへと旅立ってゆく子供たちを見送ってゆくこと。

そのことは「永遠の生命」を得ることなどより遥かに素晴らしいことだとわたしは確信しています。

 

 

「黒猫館守護神」

そうですか。
貴方の『夢』を邪魔することはたとえ神であるわたしであってもできません。

光姫。
では人間世界へ戻り、貴方の『夢』をかなえなさい。 

 

 

「光姫」

しかし・・・

 

「黒猫館守護神」

「しかし」
なんですか?
光姫。

 

 

「光姫」

現在の日本の教員採用事情は少子化の影響をまともにかぶって戦後最悪といわれています。
わたしの実家は「東京」の「世田谷」にあります。

東京都で教員として採用されるのは1000人に一人と言われる程です。

しかし。
わたしは『夢』を諦めません。
教師になるためだったら北海道でも沖縄でもどこにでも行こうと思っています。
しかし地方でも「非常勤講師」として雇われるだけで、
5年以上勤めても結局正式に採用されず、挫折してゆく人が多いと聞きます。

 

 

「黒猫館守護神」

光姫。

人間世界にはかっての若者たちが抱いた夢の残骸があちこちに満ち溢れています。
そんな夢の残骸を弔うように若者から「大人」へと成長した者たちは自らの「夢の墓場」を立てて、
それを弔い、かなしみながら儚い一生を終えていきます。

しかし。
光姫。
貴方はそんな夢の卒塔婆の群立を避けながら自らの『夢』に向かって走ってゆきなさい。
貴方にはそれができる筈です。

くらやみ男爵に放った「光と影の輪舞」。
貴方はそれに「精一杯の愛の力」を込めた筈です。

人間に対する限りのない愛。
それは古来より「エロース」とも「アガペー」とも呼ばれてきました。
そのような「愛」の力が人間に与えられた最大の武器なのです。
「愛の力」を持ってすれば人間はどんな難局・強大な敵をも打ち破ることが出来る。

光姫。
貴方は言ってましたね。
地下十一階『霊安室』で。
「見えない大きな力がわたしたちを助けるでしょう。」と。
その「見えない力」。
それが「愛」なのです。

光姫。
わかりますか?

 

 

「光姫」

わかりました。
守護神様。

光姫。
今「人間にとって本当に大切なもの」の正体をありありと把握しました。

わたしは戦います。
自らに課せられた冷酷な運命と。
「愛」の力を武器として。
わたしの『夢』を実現するために。

 

 

「黒猫館守護神」

ではお帰りなさい。
貴方の素晴らしい「仲間」のいる人間世界へ。

光姫。
お別れです。

わたしはもう神としての力を失いました。
これからは「神」ではなくあなたがた「人間」の時代です。


さあ、お行きなさい。

「光源廻廊」へ。