それぞれの選択

 

 

<黒猫館館長>

全員、聞いてくれ。

・・・このパーティは今此処で解散だ。 

 

黒猫館館長の突然の申し出にもかかわらず、口をきく者はひとりもいなかった。
全員が焦燥した表情で微動だにしなかった。 

 

 

<黒猫館館長>

此処まではわたしにも<必ずなんとかなる>という微かな希望のごときものが感じられた。
しかし、、、この先はどうなるのかわたしにもわからん。

故に、残りたい者は残れ。
去りたい者は去れ。

場合によっては「存在の長」との戦いに挑むのはわたしと光姫と影姫の三人だけであるかもしれぬ。
それでもわたしは十分であると思っている。

 

<影姫>

まず豚男、貴方はどうします?


<豚男>

ボク・・・ボク・・・
もうこれ以上は皆さんに付いていけません。・・・

もう体中がガクガク震えています。・・・
ボクは弱虫です。
奴隷にすらなれない。

でもそれにも増してボクは死にたくないッ!!!

 

<影姫>

いいわ。
帰りなさい。
地上へ。
誰も貴方を責めたりしないわ。・・・


<豚男>

う・・・ぅわーーーーーーーー!!!

 

「聖域」の出口へと泣きながら駆け出す豚男。

 

<影姫>

隷。
貴方はどうします?

<隷>

奴隷であるならば当然。
死ぬまで影姫さまをお守りいたします。
例えこの身体が引き裂かれようと。

わたしは影姫さまに付いてゆきます。

<影姫>

後悔しないわね?
隷。

<隷>

はい。



<影姫>

それではヤプー1号。
貴方は?

<ヤプー一号>

ヤプーは・・・
ヤプーは・・・
皆さんと一緒に・・・
行きます!!

<影姫>

無理しなくてもいいのよ。
ヤプー一号。

<ヤプー一号>

無理だけど。
無理だけど。
無理とわかっていても、、、ヤプーは行きますッ!!! 

 

ヤプー一号の全身は小刻みに震えている。
やがて失禁した染みがじわじわとヤプー一号のズボンに広がってゆく。
それでも誰ひとり笑う者はいなかった。 

 

<影姫>

水着フェチX。
貴方は?

<水着フェチX>

ボクは帰るっす。
悪いけど。
こんなとこで死にたくないっすから。

それじゃ。


<影姫>

最後に怪人M、貴方は?

<怪人M>

え〜〜〜と。
え〜〜〜と。
フーリエの理論によると・・・

<影姫>

「フーリエの理論」ではなく貴方自身の意志で答えなさい!

<怪人M>

は・・・はいいぃぃぃ!!

当然残りますです。
はい。

<影姫>

後悔しないわね?

<怪人M>

は・・・はいぃ!!
ん?・・・・んん???

 

 

<黒猫館館長>

トミエさん。
あなたは帰らなくてはいけない。

<浮世トミエ>

館長様・・・

<黒猫館館長>

先ほどの戦いでわたしは永瀬清子の言葉を引用した。
その言葉の出てくる詩の全編をあなたに教えよう。

 

 

「悲しめる友よ」

女性は男性より早く死んではいけない。
男性より一日でもあとに残って、挫折する彼を見送り、またそれを被わなくてはならない。
男性がひとりあとへ残ったならば誰が彼を十字架から降ろし。埋葬するであろうか?
聖書にあるとおり女性はその時、必要であり、
それが女性の大きな仕事だから、
あとに残って悲しむ女性は、女性の本来の仕事をしているのだ。
だから女性は男より弱い者であるとか理性的でないとか世間を知らないとか
さまざまに考えられているが、女性自身はそれにつりこまれることはない。
これらのことはどこの田舎の老婆でも知っていることであり、女子大学では教えないだけなのだ。

(永瀬清子『短章集・流れる髪』(思潮社)より引用) 

 

<黒猫館館長> 

わたしからあなたに伝えたいことはすべてこの一篇の詩のなかに集約されている。
これからも浮世君の妻として誇りを持って生きてくれ。

<浮世トミエ>

わかりました。
館長様。
わたしは地上に帰ります。

皆さん・・・
ご無事で。・・・

 

黒猫館館長に一礼するとトミエは「聖域」の出口に向かって歩みだした。
そのうしろ姿はとても寂しそうに見えた。 

 

<黒猫館館長>

ハムちゃまよ。

<ハムちゃま>

はむは〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
館長様!!!

<黒猫館館長>

君には地球上の全ハムスターを指導して導いてゆく義務がある。

<ハムちゃま>

夢富〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!

<黒猫館館長>

いまこの瞬間にも「実験動物」として殺されてゆく無数のハムスターたち。
そんなハムスターたちを君は救済しなければならない。

それが天賦の才能を持った「天才ハムスター」としての君の義務だ。

<ハムちゃま>

ロジャー!!!

<黒猫館館長>

わかってくれたか。
では地上に戻りなさい。 

 

とてとてと小走りに出口に駆けてゆくハムちゃま 

 

 

<黒猫館館長>

最後に優君。

<優>

はい。
館長様。

<黒猫館館長>

好きな人ができたそうだな。
名はなんという?

<優>

レベッカ・・・
「レベッカ・ニュル」
といいます。

<黒猫館館長>

うむ。
善い名だ。
仏蘭西系米国人か?

<優>

はい。

<黒猫館館長>

どんな性格の女性なのかな?

<優>

オートバイを乗り回すのが好きな・・・
とても活発な女の子です。

<黒猫館館長>

よろしい。
優君。
男女の関係というものは一朝一夕で築けるものではない。
少しづつ、少しづつ、お互いの溝を埋めあってゆくのだ。
そうすれば君たちも素晴らしいカップルになることができるだろう。

<優>

わかりました。
館長様。

<黒猫館館長>

もし。
もしだ・・・
この戦いでわたしたちが生き残っていたら、
レベッカ君を黒猫館に連れてきてくれるかな?

<優>

はい。
必ず連れてきます。

<黒猫館館長>

期待しておるぞ。
では地上へ行きなさい。

<優>

さようなら。
いや、、、
必ずまた会いましょう。
みなさん、そして影姫さま。 

 

優は影姫を見る。
優の眼には影姫がなぜか微かに微笑んでいるようにみえた。 

 

<黒猫館館長>

さて。
光姫。
影姫。
隷。
ヤプー一号。
怪人M。

本当に良いのだな。


<全員>

もちろん。
後悔ありません。


<黒猫館館長>

では。
いざ出陣ぞ。

「存在の長」よ。 

 

そこにいるのはわかっている。
かかってこいッ!! 

 

その時、黒猫館守護神像本尊の双眼がカッ!!と光った。
そして清らかな凛とした声が六人の頭脳に送信された。

 

<黒猫館守護神>

お待ちなさい。
オルフェウスの使徒たちよ。