消滅への意志

  

 

<ハムちゃま>

アレは一体にゃんでちゅか!? 

 

ハムちゃまの鋭いオタケビが「聖域」の静寂を破った。

誰もがもう「戦いは終わった」と安堵していた。
しかしその安堵は無残に裏切られた。

黒猫館住人たちの間に再び緊張が走った。


くらやみ男爵が爆死した付近の上空に「エレザールの鎌」が浮かんでいる。
しかも鎌は静止しているのではなくまるで風力発電の振り子のようにゆっくりと回転していた。

それを見た黒猫館住人全員の頭脳になにものかが直接、音声を送信した。 

 

<声>

ごきげんよう、黒猫館住人の諸君。

くらやみ男爵を美事に葬ったその実力をわたしは高く、、、あくまで高く評価しよう。

しかしおまえたちの努力も残念ながらここで終わりだ。
もうすぐこの惑星βー1118・・・いや太陽系、銀河系は消滅する。

あと一時間。
それまで今生の余生を思い出すがよい。
おまえたち各自がひとりひとり持っている最良の記憶。
そのようなものに包まれて永遠の安息の眠りに就くがよい。

大いなる救済は今こそいまこそくる。
すべての生命よ。

歓喜せよ。

完全消滅によっておまえたち人間の苦悩と苦痛はすべて消える。・・・ 

 

<黒猫館館長>

光姫よ。
この音声を私たちの脳に直接送信している者は誰かわかるか?
もしかしてくらやみ男爵が復活を果たしたのか?

<光姫>

いいえ。
館長様。
この声の声紋はくらやみ男爵の声とは全くことなっています。
しかもこの声は生物の声ではなく人工的に合成された音声のようです。
「エレザールの鎌」がこの声の「発信者」からの「アンテナ」と「翻訳機」と「送信機」を兼ねているようです。

<黒猫館館長>

「発信者」?
それは一体何者だというのだ? 

 

 

<声>

黒猫館館長よ。
おまえは良くやった。
本当に良くやった。

黒猫館住人の統率者としてのおまえが居なくてはおまえたちはくらやみ男爵に勝利することはできなかっただろう。

 

<黒猫館館長>

いいかげん姿を現せ。
それともおまえもまたくらやみ男爵の眷属の者か?

しかしわれわれ黒猫館住人は一歩も後退せぬぞ。
最後の最後まで戦い抜くこと。

それがわれわれ黒猫館住人の「精神」だ。

<光姫>

館長様、同感です。

<影姫>

闇来たれるならば、これを斬れ。
それがオルフェウスの巫女たるわたしと光姫の使命。 

 

 

<声>

よろしい。
まことによろしい。
生命力が漲っておる。

命あるものは死を直前にしてもっとも光輝を放つという。

美しいぞ。

それぞれの生命たちよ。

わたしはおまえたちを称えよう。
最大級の賛辞で。

人間としての誇りを最後まで捨てなかった最後の人間たちよ。 

 

 

<黒猫館館長>

戯事を申すな。
そのような言葉でわたしを翻弄しようとしても無駄だ。

そのような言葉で偉ぶっている暇があったら正々堂々と正体を現せ。

何者だ?おまえは!? 

 

 

<声>

知りたいか?
知りたいのか?

人間の認識能力を全開にしても<わたし>を理解することはできない。

しかしこの島宇宙消滅の餞にわたしはわたしについて少しだけ語ってやろう。

わたしは「意志」だ。
宇宙創生の「第一原因」を引き起こしたのもわたしなのだ。

わたしは「神」ですらない。
「神」とは「動物」から「人間」そして「超人」、そしてその後にくる存在であるからだ。

しかしわたしは最初から、、、いや最初もなにもない。
宇宙創生以前から遥かに存在し続けるあらゆる存在の長(おさ)。
それがわたしなのだ。

 

 

<黒猫館館長>

それではおまえに聞こう。
そのような全知全能の「神以上の存在」をおまえであると仮定する。

それならばおまえは必ず知っているはずだ。
さきほど消滅したくらやみ男爵とは一体なにものだったのだ?

答えよ。

 

 

<声>

知りたいか?
知りたいのか?

くらやみ男爵の正体を。
ならば教えてやろう。

くらやみ男爵とは実は唯ひとりの存在ではない。

あらゆる惑星の文明の終末期に必ずくらやみ男爵は出現する。

つまり衰亡してゆこうとする文明が吐き出すラスト・チャイルド。
それが「くらやみ男爵」なのだ。

それゆえおまえたちがくらやみ男爵を「絶対悪」と断罪することはできない。

なぜならくらやみ男爵とは正におまえたち人間の「子供」であるからだ。

つまりこの惑星、βー1118もまたくらやみ男爵を分娩するほどに疲弊しきっていたということだ。

「もうこれ以上生きていたくない」

そのような各個人が抱く死への憧憬がくらやみ男爵の父親であり、
おまえたち人間の種としての衰退期がくらやみ男爵の母親なのだ。

 

 

<黒猫館館長>

なるほど。
では次の問いに答えよ。

おまえは一体「なんのために」この「聖域」に現れたのだ?

答えよ。 

 

 

<声>

この島宇宙、といってもアンドロメダ大星雲から此処、銀河系まで広がる知的生命体の存在する惑星が立て続けに滅亡していった。 


衰退期にある文明をくらやみ男爵が止めを刺したという形式であらゆる惑星が滅んでいったのだ。

わたしはこの動向をもう100億年以上まえからじっと観察している。

そして苦悶に喘ぎながら死んでゆく・・・
それこそ末期ガン患者のごとくじわじわとくらやみ男爵に滅ぼされてゆく文明を見ていてあるひとつの結論に達した。

存在の長(おさ)であるわたしから見てこのような島宇宙は「不健全」だ。
いわば宇宙としては失敗作。
そのような宇宙をほおっておくことはできない。

黒猫館館長よ。
おまえも「芸術」とやらに理解のある者であるのなら理解できよう。
不完全な失敗作を放置しておくほどわたしは甘くはない。

存在の長(おさ)として厳格にして呵責なき者、それがわたしなのだ。

それならばこの島宇宙を完全に消滅させる。

しかしその代償として「最後の惑星」つまり此処、βー1118の「人間」たちには「眠るような」安楽な死を保証しよう。

わたしが来たのはこの「提案」をおまえたちに伝達するためだ。

くらやみ男爵を消滅させた「最初の人間」としてのおまえたちに敬意を払って。

 

<黒猫館館長>

ではもしおまえの提案に此処に居る人間が「否」といったら、
おまえはどうする? 

 

 

<声>

全存在の長(おさ)であるわたしに「否」というだと?

仮にもそんなことはない。
そんなことはない。・・・

しかしもしそんなことがあったとしたら。

わたしの「慈悲」を踏みにじった者として厳罰がまっているのは当然であろう。

さよう。
もうこれはこけおどしではない。

「否」と言ったならばわたしはおまえたちをこの宇宙の「外」に放逐する。

そこは全くの「異世界」だ。
古に伝わる邪神どもの棲家でもある。

そのような邪神に追い立てられて「永遠」に苦しむのだ。

それが「慈悲」を裏切った大逆者の辿る末路であるのだ。

 

 

<黒猫館館長>

なるほど。
存在の長(おさ)などという大層な口上で現れたと思ったら今度はこの言い分か。

はっきり言おう。
恐怖で人間を圧迫するその傲慢な態度、・・・
それはまさに唯ひとつの単純な事実を示しているにすぎない。

その事実とは・・・

 

おまえもまたくらやみ男爵と同じ穴のムジナにすぎない!!
人間を舐めるな!!
「存在の長」よ。 

 

<光姫>

館長様、同感です。
わたしもこのような暴虐とは戦わなくてはならない。・・・
そうでなくては人間の人間たるプライドが許さない。
そのように思っていたところです。

<影姫>

例え。
神であろうと。
神以上の存在であろうと。

不条理な言い分にはあくまで「否」といわなくてはなりません。

それが黒猫館住人の「精神」。

<ハムちゃま>

夢富〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!
またまたおもちろくなってきまちたね!!! 

 

 

<黒猫館館長>

わかったか。
「存在の長(おさ)」よ。 

 

答は「否」だ。