異空間第二章

 

<影姫>

光姫、わかりますか?
1986年クリスマス・イヴ。
あの日、私たちが交わした「運命の日」。
その日が正に今日なのです。

<光姫>

思い出しました!オネエ!
あの日、私たちが誓ったこと、
それは「運命」の冷酷に立ち向かうこと。
そして絶望の殻を打ち破ること。
そのために「人間」として最大の努力を試みること。

館長様が地下11階で言っておられましたね。
「人間が捨ての一手で懸命に生きようとする時、一瞬だけ奇跡は起きる」と。

今がまさにその時。

光姫、気を取り戻しました。
オネエ。
それでは光と影、今こそ、一体となってこの難局を打ち破りましょう!

<影姫>

それでこそわたしの妹です。光姫。

それではまず私たちが置かれている状況を正確に把握しなくてはなりません。
光姫。
この空間の広さ・構造を貴方の霊力で調査できますか?

<光姫>

できるかどうかはわからないですけど・・・
とにかくやってみます! 

 

光姫はゆっくりと双眼を閉じる。
そして合掌。
 

 

破邪神技
「光の回転木馬」
!!

 

光姫の身体から七色の光が発せられる。
そして七色の光はあたかもメリー・ゴーランドのごとく回転を始め、やがて止まった。
光姫の身体に引き戻される七色の光。

 

<光姫>

オネエ。
この空間はわたしの想像していたものと全く異なっています!

<影姫>

いったい此処はどういう場所なのかわかりましたか?

<光姫>

「地獄」という呼称からわたしはこの空間をとてつもなく広い集団監獄のようなものと想像していました。
しかしこの場所は全くそんな構造ではありません!

オネエ。
蜜蜂の蜂の巣を想像してください。
一匹一匹の蜜蜂の幼虫がぎっしり詰め込まれている蛹の束。

そのようにわたしたちもひとりひとりごく小さなカプセル状の容器に入れられているようです。

<影姫>

ではわたしたちがそのカプセルの障壁を超えて会話できるのはなぜなのです?
それと今、眼の前に見えている砂嵐のような風景。
そしてわたしたちが自分の身体が「動き回っている」という実感。
これらはどう説明するのです?

<光姫>

此処からはわたしの推測でしかありません。
しかしわたしはこう考えます。

まずわたしとオネエが会話できるのは特殊な能力を持った姉妹ゆえ。
恐らく、此処に閉じ込められている他の人たちは誰とも会話できないはずです。

そしてこの砂嵐のような風景はくらやみ男爵がわたしたちの脳髄に直接送ってくる画像です。
「動き回っている」という実感もくらやみ男爵の念破による錯覚でしかありません。

結論します。

この空間は「異次元の空間」などではありません。
くらやみ男爵が作り上げた精神の人工地獄、それがこの空間なのです!

<影姫>

見事です。
光姫。

では次の問題に移りましょう。

「この空間を脱出するにはどうしたら良いのか?」

<光姫>

くらやみ男爵が言っていましたね。
「地獄とは落とされる場所ではない。自ら堕ちる場所なのだ。」と。

つまりわたしたちが閉じ込められているカプセルの素材はわたしたち自身が生みだした「負の感情」です。

怒り、憎しみ、罪の意識、死への憧憬、、、そのような感情が複雑に融合されてこのカプセルを作っていると思われます。
つまり、、、

わたしたちは自分で自分をこの牢獄に閉じ込めている。
くらやみ男爵はこの牢獄の監視・調整役でしかありません!

<影姫>

なるほど。
つまりこの空間を脱出するには自らの「負の意識」を滅却すれば良い、、、そういうことになりますか?

<光姫>

正にそのとおりです。
わたしが今から霊力をマックスまで上昇させるならばすべての「負の感情」を滅却することができると思います。

オネエ、オネエにはそのことができますか?

<影姫>

・・・・できないかも知れません。
光姫、あなたは一人でこの牢獄を脱出し、くらやみ男爵を滅殺しなさい。
わたしはこの空間に残らざるを得ないかもしれません。

<光姫>

どうしてですか!?
オネエ!!
いつも強気のオネエらしくないです!!

それに・・・
こんないやらしい空間にオネエを一人置いてゆくことなどわたしにはできません!

<影姫>

わたしは罪を犯してしまったわ。
「罪」という感情は内側から刺し込んでくる分、「絶望」や「憎悪」よりたちが悪い・・・

「罪の意識」を滅却することなど、、、わたしには・・・

<光姫>

優さまのことですね。

<影姫>

そのとおりです。
わたしは優と何度も交わったわ。
本来の夫である黒猫館館長の眼をかすめて。

館長をわたしは残酷に裏切ったのです。

その罪が消えることなど、もう永遠にないかも知れません。

<光姫>

オネエ。
オネエは「一度手ぬぐいに染み込んだ液体は二度と取れない」と思っていませんか?

<影姫>

どういうことです?
光姫。

<光姫>

わたしは日本で生まれ日本で育ちました。
そして現在でも大学で日本精神史の研究を続けています。

先ほどの手ぬぐいの例えは現在の日本にはびこっている悪習の例えです。

<影姫>

「日本にはびこっている悪習」?

<光姫>

日本人は「清さ」というものを異常に重視します。

例えば「処女」。
あるいは「童貞」に対する異常なまでのこだわり。

また昨今では離婚暦のあるひとを「バツイチ」と揶揄する風潮もあります。

また日本では一度会社を辞めてしまったらもう「人生のドロップアウト」と悲観的になるひとさえいます。

それもこれもすべて「清さ」は「一度濁ってしまったら元に戻らない」という悪しき「思いこみ」から発生しているものです。

<影姫>

なぜそのような精神的悪習がうまれたのですか?

<光姫>

それは端的にいって徳川三百年の時代の悪しき遺産です。
鎖国・そして人民に対する圧政。
そして「五人組」といった人間を無残に縛り上げる制度。

そのようなすさんだ社会から自然発生的に生まれてきたのが「清さは一回限り」というイドラ(錯覚的偶像)なのです。

それは具体的に言えば、人間を縛り上げるために、一度でも間違いを犯したらもう元へは戻れないという脅しです。

しかし人間はただの一回で駄目になってしまうほど弱い存在ではないです!
過ちをおかしたら自分を反省し何度でも何度でも再生する!
そのことが真の意味での「人生を真剣に生ききる」ということなのです!

オネエ!

オネエもまた日本人ですからそのような精神的悪習に囚われているだけです!
そのような「人間性を否定する悪意」、そんな悪意に囚われる時、くらやみ男爵のような存在が人間の前に出現するのです。

自分を許しなさい!!
オネエ!!

それしかオネエがこの牢獄から逃れるすべはないです!

 

その時、遥かとおくから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「影姫さま」

 

<影姫>

この声は?? 

 

「影姫さま」

 

<影姫>

この声は、、、「優」!? 

 

「影姫さま」

  

<影姫>

優の、、、優の声だわッ!! 

 

 

<光姫>

オネエ!!
いまこそ黒猫館地下十二階「聖域」に帰還して優さまと再会してください!!

そしていままでずっと続いていたオネエ、館長様、優さまの汚れた三角関係を清算するのです!!

<影姫>

「汚れた三角関係を清算する・・・」

わかりました。
光姫。
とにかくやってみましょう。

この牢獄の障壁を破る試みを!

<光姫>

わかってくれましたか!!
オネエ!!

それではわたしと精神をシンクロさせるため両眼を閉じてください。
わたしがオネエに救援の念波をおくります。

しかしオネエ。
「自分を許す」のは悪魔で自分でしかできません。

それではいきます!
 

光姫が影姫に念波を送り始める。
瞑想に入る影姫。 

 

<影姫>

「わたしはもう一度戦わなくてはならない。
それがオルフェウスの巫女であるわたしの役目。
そのためにはわたしの精神は私自身で満足できるものでなくてはならない。
そうでなくてはわたしはくらやみ男爵に立ち向かえない。
わたしはわたしを許す。
それが「人間」としての権利と義務。

いざ、、、現実へと帰還せん!!」 

  

<光姫>

破邪神技
「光の廻廊」
!!

 

その時、奇跡が起こった。
砂嵐の世界に小さな光が差し込んだ。
そしてその光は徐々に大きくなり、最後には光輝輝く光のトンネルが出現したのだ。

 

<光姫>

このトンネルを駆け抜けるのです!!罪の意識も優さまへの執着も振り切って!
オネエ!!
この光のトンネルの行く先は現実世界です。

今こそ、現実に戻ってくらやみ男爵と決着をつけます!!
よろしいですか!?

<影姫>

わかりました!!
行きましょう!!
今こそすべては終わり、そしてすべては始まる!!

 

光の道を駆ける光姫と影姫。
その先にはくらやみ男爵の待つ「聖域」がある。

最後の決戦が今、始まる。