『死場処』

 

 

石井秀紀作品集。北冬書房発行。1973年4月10日限定200部発行(記番)。定価300円。フランス装折込表紙完本。横長本。

 正直言ってわたしはこの作者(石井秀紀=石井隆)についてよく知らない。
 石井隆といえば竹中直人主演の映画『ヌードの夜』の監督であるとか、池田敏春監督の日本初本格的スプラッタームーヴィー『死霊の罠』の脚本家であることを知っている程度なのである。

 石井隆が「名美」を主役とした官能劇画である『天使のはらわた』の作者であるらしいことは聞いたことがある。
 しかし筆者は『天使のはらわた』シリーズを読んだことはないし、古書店などで石井氏の官能劇画の表紙を見てもあまり惹かれる部分はないのであった。

 しかしこの石井氏の第一作品集『死場処』は劇画『天使のはらわた』シリーズとは全く違う印象を受ける。
 まず第一にこの作品集はコマ割の「漫画」ではない。
 「本格的イラストレーション作品集」とでも言うべきものに分類されると筆者には思われる。

 さらに石井氏の面目たる官能的要素がほとんど感じられない。
 この作品集の表紙には自転車の横に転がっている死体が描かれている。
 この表紙絵のように、この作品集全体の基調低音になっているものは無機質な「死体のある風景」である。

 片山健の『美しい日々』(幻燈舎)やポール・デルヴォーの絵画のように、この作品集の世界もスタティックな空気に支配されている。1970年代の「すべてが終わった後の喪失感」、そういう空気を若き日の石井隆も感じていたのだろう。
 「死体が転がっている風景」を通して、なにか痛切な「絶望」・・・そのようなものを表現しているように筆者には感じられる。

 これは断じて官能劇画やその類のものではない。
 石井隆が官能劇画に転向する以前のイラストレーター「石井秀紀」の作品集なのである。
 そのような石井隆氏の若き日々への鎮魂曲(レクイエム)の意味合いを込めて、筆者はあえてこの作品集を「漫画」ではなく「美術」に分類する。

 さてこの『死場処』筆者は偶然にある古書店から入手したが、最近はめっきり出ない本になってしまったらしい。
 しかしサブカル系古書店にいけばひょいと思わぬ所に挟まっている可能性はある。
 懸命な古書コレクターの諸君は本書が本当の「幻の本」になってしまう前にガッチリと入手してほしいと筆者は切に願うものである。

 最後に付け加えるならば、この本の見返し部分に「名美」の肉筆イラストが入っている本が小部数存在しているらしい。
 肉筆イラストが入っていれば古書価が跳ね上がる可能性がある。
 本書にとことんまで惚れ込んだ本格的コレクター諸君はぜひ肉筆イラスト入り『死場処』を探してください。
 

 

(2019年3月21日&黒猫館&黒猫館館長)