老人のいる部屋

(2019年1月29日)

 

 

 

 お盆が来るたびに思い出す記憶がある。
 それはうすぼんやりとして、それでいて強烈なおもひで。・・・
 今夜はそういう話をしようか。

 あれはわたしが小学生だった時代のお盆の出来事である。

 その時代、わたしたち一家はお盆に秋田県県南の「仙北郡南外村」にご先祖さまのお墓参りに行くことが毎年の日課であった。(わたしの家のお墓は田んぼの中にポツンと立っている。)
 わたしの家は代々の神道である。
 神主が祝詞を唱えながらお祓いをする。
 わたしたち一家は目をつぶってじっとお墓に向かって手を合わせる。

 そんなご先祖さま供養が終わったあと、わたしたち一家は車で南外村から近所の「大仙市刈和野」に向かうのであった。
 この刈和野にW医院というある医師の家がある。
 このW医院はわたしの父が若い頃お世話になったという理由で、毎年お盆には顔を出して挨拶することが慣例になっていた。

 W医師とW医師夫人は毎年わたしたち一家を丁寧に迎えてくれた。
 テレビでその当時の大河ドラマ『花神』を観ながら、オトナたちがビールを飲んで歓談している。
 その隙に子供だったわたしはこのW医師の広大な家の中をちょこまかと歩き回るのであった。

 オトナたちのいる居間の隣には仏壇のある座敷があった。
 その座敷に面して縁側がある。その縁側を右に折れたら長い長い廊下が続いている。
 小学生だったわたしは好奇心からそのほの暗い廊下を突き当たりまで行ってみた。
 するとスライド式の扉があって、その中に小さな部屋があるではないか。
 わたしはそお・・・と扉を開けてみた。
 すると部屋の隅っこに金属製のベットがあり、誰かがベットの上に寝ている。
 よく見ると、それはガラガラに痩せた老婆であった。
 その老婆はニヤッと笑いながら、わたしを手招きしている。
 不思議なことにわたしはほとんど怖いとは感じなかった。
 わたしはその部屋に入って老婆をまじまじと見てみた。
 しわくちゃの顔。ガラガラに痩せた胸。棒切れみたいに細い手足。

 老婆は「坊・・・」とつぶやくともう一度ニヤッ!と笑った。
 この老婆がわたしに向かって手を伸ばしてきた。その瞬間怖くなったわたしは老婆から離れると部屋から出てオトナたちのいる居間に逃げ帰った。

 これがわたしが老婆と逢った最初の記憶である。
 その年からわたしは毎年お盆には、W医院を訪れたときはこの小さな部屋まで、老婆がいるかどうかチェックしに行くことが慣例になった。

 さて時代が移ろうのは早いものだ。
 わたしは小学生から中学生になり、いつしかその老婆の部屋に行くことを忘れてしまった。
 そしてわたしは高校生を経て大学生になった。
 
 大学生になったある年のお盆のことである。
 もうW医師はとっくの昔に病気で死去していた。
 未亡人となったW医師夫人とわたしの両親が例によってビールを飲みながら大河ドラマを観ながら歓談している。

 そのとき、突然わたしはあの老婆のことを思い出した。
 わたし「あの老婆はまだ生きているのだろうか??」
 わたしはトイレに行くふりをしてW医院の居間からそっと離れた。
 仏壇のある座敷を通り抜け縁側に出る。そして右に折れると真っ暗で長く暗い廊下を進んでゆく。
 わたしは突き当たりまで来た。
 その瞬間、わたしはギョ!とした。
 わたし「ない、扉がない。そんなことが。」・・・

 扉がないのだ。
 廊下の突き当たりにはなにもない。
 白い漆喰の壁。工事した跡もなければなにかいじった痕跡も微塵もない。
 
 ・・・なんにもなーーい。・・・
 
 「ごおー・・・」そんな不思議な音が聴こえる気がした。
 小学生時代とはまったく違ったオトナの感覚で怖くなったわたしはK医師夫人と両親のいる部屋に逃げ帰った。


     ※                      ※


 さて大学生時代からさらに年月が経った現在でもわたしはあの老婆のことを思い出す夜がある。
 いったいあの老婆は何者だったのだろうか。・・・
 W医院の患者が寝ていたという可能性ならある。
 しかしどうも変なのだ。普通、患者をじぶんの自宅に入院させる医師などいるのだろうか。
 さらにあの廊下の突き当たりにあった小さな部屋はなんだったのか??
 まるで危険なものを隔離するように長い長い廊下の突き当たりにある部屋。
 しかもその部屋は突如消えてしまったのである。

 W医院夫人は年齢90代後半でいまだ存命である。
 次にお逢いしたときはW医院夫人にあの老婆について訊いてみたいと思っている。

 しかしそれはなぜかいけないことであるような気がする。
 それはおそらく現在ではW医院夫人だけが知っている秘密なのだ。
 その秘密を暴いてはいけない。決していけない!

 しかしわたしは魅せられたように今夜もあの老婆のことを思い出している。
 あの老婆は一体何者だったのか??

 怖い。
 考えれば考えるほど考えが怖い方向へ走り出す。

 それでもわたしはまるであの老婆に囚われたようにあの暗く長い廊下の果てにある小さな部屋のことを今夜も思い出している。・・・



 (了&合掌)

 

 (黒猫館&黒猫館館長)