『泥棒日記』(帯付き&発禁本)
日沼エイスケ著。カバー・帯完本。光書房発行。初版昭和34年8月5日。定価280円。
内容>「血に染まった初夜」
「悪に堕ちて」
「密輸船」
「ネリカン・修行」
「ネオンの陰の涙」
「町の売春夫」
「絞首台を待って」
他。
この書物はカバーに記名されている「日沼エイスケ」という人物による著作と一般的に思われているようだが実はそうではない。
日沼エイスケは微罪を犯して昭和33年の夏ごろに宮城拘置所の雑役夫をやらされていたらしい。
この日沼がとある死刑囚の独房で「路村三郎」というすでに絞首刑に処された死刑囚の手記を発見し、これを極秘のうちに娑婆に持ち帰って光書房に持ち込んだら即座に本書の出版が決定したという極めて特異な成立過程を経て出版された書物が本書である。
本書は全編この路村三郎なる人物の回想記として構成されているのだが、これがやはり実話だけあって異常な衝迫力を持って読者のわたしたちに迫ってくるのだから尋常ではない。
やはり「事実は小説よりも奇なり」という格言を持ち出すまでもなく本書はあまりにもナマナマしくも恐ろしい。
わたしたち読者は戦後下層社会の暗黒面をまざまざと見せ付けられて沈黙を余儀なくされてしまう、本書はそんな性質の書物である。
さて本書の主人公である路村三郎は戦災孤児である。
この戦災孤児である路村が終戦直後の混乱期に於いて、生き延びてゆくためにさまざまな犯罪遍歴を重ねながら「ネリカン」(練馬少年鑑別所)に放り込まれるというのが前半のおおまかなストーリーである。
このネリカンで主人公&路村は鑑別所のボスである囚人にホモ行為を強いられてさらに男娼としての手管(てくだ)を仕込まれる。
そしてネリカンを出所した後は路村は少年娼夫としてさらなる俗悪の世界に身を堕としてゆくことになる。
ここからさきはあまりにも酷い残酷オンパレードの連続なのでとても筆者がここで書く勇気はない。
この稿の読者諸君ひとりひとりが本書を手に取って、路村が絞首台に吊るされるまでの「極悪の遍歴」を読み取ってくれたまへ。
それにしても「世間」というものはなんと残酷で恐ろしいものであるのか。
まさに「下には下がある」、この世は底なしであり堕ちても堕ちてもキリがない、現在なんらかの境遇で苦しんでいる読者諸君が本書を読めば「じぶんはまだマシなほうだ。」と安堵するのかもしれない。それほどまでに本書の持つ闇は沼のように深い。
さて本書の装釘面に言及すれば黄色を貴重とした抽象的なカバー絵が北園克衛のプラスチックポエムのようであまりに美しい。
これは路村という苦界のどん底を這い回った男への光書房からのささやかな鎮魂曲(レクイエム)のように思われる。
本書の帯付きは極稀である。帯がついていたら5000円以上の古書価は覚悟しなくてはならない。
カバーのみの本だったら1000円~2000円で買える。
本書はまさに「この世の地獄」というものを覗いてみたい藝術家志望の若者諸君に強くお勧めしたい。
本書を読めば強烈なショックとともに諸君の中のなにかが変わる、そんなまさに「劇薬」といえる書物が本書である。
(了&合掌&南無阿弥陀佛)
(2017年7月12日&黒猫館&黒猫館館長)