長谷川町子の暗黒世界

 

 

 

 「お魚銜えたドラ猫、おいかけて・・・」

 日曜夕方、西日差す薄暗いお茶の間に、お馴染みの「あの曲」がテレビから流れてくる。・・・
 学生時代の友人でこの曲だけはどうしてもダメだ、という人間がいた。
 「俺、あの曲聴くとつくづく人生が嫌になるんだよね。」

 こんな都市伝説もある。
 「サザエさんの主題歌が流れている時間帯はもっとも自殺率が高くなる。」サザエさんの主題歌は世界的に有名な怪奇音楽「暗い日曜日」と同様に人間を死へといざなうのであろうか。

 さよう、サザエさんという作品には作者・長谷川町子の怨念が込められているにちがいない。そうでなければこんな都市伝説が生まれるはずがない。



       ※           ※



 「サザエさん」という作品は一見ヒューマンで明るい作品である。しかしその表面上の薄皮一枚剥がすと目もあてられない地獄が作品世界の深層に渦巻いているように思えるのはわたしだけであろうか。

 事実、サザエさんのパロディ・二次創作には実に陰惨で残酷きわまるものが多いのである。人はサザエさんの作品世界から途方もない悲劇の予兆、あるいは壮絶なヴァイオレンスの予感を感じ取っているのであろうか。今日もまたひとつサザエさんの新たな二次創作が生まれる。
 「サザエ、新興宗教に走る」・・・


 長谷川町子には「サザエさん」に加えてもうひとつ代表的な作品がある。それは「いじわるばあさん」である。この「いじわるばあさん」という作品は一読するだに唖然とする壮絶な四コマ漫画作品である。
 いじわるばあさんが延々と人々に「いじわる」をする。
 この「いじわる」が実に執拗でサディスティックな悪意に満ち溢れたものですべての読者は慄然としてしまうに違いない。
 まさしく「黒町子」が描く人工地獄、それが「いじわるばあさん」なのだ。ユイスマンスの『さかしま』と『彼方』の関係にも似て「サザエさん」を描く町子は「白町子」、いじわるばあさんを描く町子を「黒町子」と規定すれば納得がいく。
 そのとおり、「サザエさん」の病院の無菌室を思わせる作品世界はやはり「いじわるばあさん」という人口地獄に裏付けられた人口天国だったのだ。

 長谷川町子の持つこの悪魔的な二面性。
 まさに長谷川町子こそ戦後日本が生んだ魔女であり、魔女が描き出す怪異な幻想世界、それが「サザエさん」と「いじわるばあさん」なのである。

 さあ、今夜もベットのなかで『よりぬきサザエさん』を読むとするか。次の瞬間にはブシュ!と鮮血が本の中から噴出する壮絶な惨劇の予感をかすかに感じながら。

 

(怪奇王&黒猫館&黒猫館館長)