おじさんの見たもの

(2013年3月17日)

 

 

 わたしの母方にはおじさんがふたりいる。

 このふたりのおじさんの年下のほうのおじさんはちょっとした変わり者である。
 ちなみにこのおじさんは現在60歳近くでいまだに未婚・一人暮らしであり、話し方にちょっとクセがある人である。
 
 そのせいか何度もお見合いをしているがいまだに結婚相手が決まらない、というのがうちの母の悩みである。

 このおじさんは謹厳実直な性格でありやや真面目すぎる部分がある。故に絶対に嘘をつくような人ではない。

 またこのおじさんは色々不思議な話を知っていて小学生時代のわたしを大いに怖がらせてくれた。それらの数々の話の怖さと言ったら現在でもトラウマになっているくらいである。

 そんなある日、おじさんがフラフラしながら家へ帰ってきた。そして顔を蒼ざめさせてこう言ったのだ。1970年代の終わり頃のことである。

 「口裂け女を見た・・・」

 なんでもおじさんはある春の午後、千秋公園のベンチでうつらうつらしていたそうである。もうそろそろ夕暮れ、帰らなくては・・・と思った時、「それ」は現れたそうである。

 「うわー!・・・」という奇矯な叫び声と共に千秋公園の森の奥から走ってくる者がいる。おじさんはさすがに尋常ではないと思い飛び起きた。
 おじさんはその時見たそうである。
 走ってくるのは女で口が耳まで裂けていたそうである。・・・
 おじさんは飛び起きて必死で逃げ帰ったそうである。

 この話を単におじさんがわたしを怖がらせるためにデッチあげた作り話と笑うのも自由である。しかしおじさんは嘘をつくような性格では絶対にない。
 さらにおじさんはあれから30年も経った今でも「口裂け女を見た」と口に出すことがある。

 恐らくおじさんはその日千秋公園でなにかを見たに違いない。それを「口裂け女」と認識したのだ。

 わたしは口裂け女の存在など絶対に信じない。
 するとおじさんが見たものはいったいなんだったのか。そのことを考えると今でも震えがくる。

 「見てはならないなにか」それは時々ひょいと人間社会に顔を出す。そういうものが幽霊とか妖怪とかUFOと人面犬とかテケテケなどと認識されるのだ。

 わたしは絶対にそういうものと遭遇したくはない。
 なぜならそういうものを見た瞬間にわたしの人生観が180度変わってしまいそうだからである。

 今日も虎視眈々と「なにか」はどこかに身を潜めている。
 そして誰かの前に「ひょい」となにげなく姿を現すことであろう。


 (了)

 

 

 (黒猫館&黒猫館館長)