【中東紀行 79】出発
機内食から約2時間半後。
「レディース、エンド、ジェントルマン・・・」機内アナウンスが入った。これは飛行機の高度を除除に下げてゆくという主旨のものだろう。
わたしはリクライニングシートを元に戻してシートベルトを着用した。シート前面の小型TVも映画から現在位置の表示に変わった。現在位置は山梨県。もう成田空港は目と鼻の先である。
やがてごごご・・・と飛行機が揺れ始める。雲の中を通過しているのだ。窓から白い雲がまるで綿飴のように流れてゆく。
揺れが収まったら、飛行機は雲の下に出た。天気はどんよりした曇天。
さらにトルコ航空は高度を下げてゆく。
窓の外から見ると、そこは東京上空。さいげんもなく広がっている巨大都市の上空を飛行機は飛び続ける。
やがて「ブー!」というブザー音、「ピンポン!」という電子音が流れたと思うと飛行機が再び揺れ始めた。ががが・・・という振動に加えて、いきなり「ドン!」と衝撃が来た。着陸したのだ。飛行機が速度を落として滑走路を滑ってゆく。
ついにトルコ航空は13時間に及ぶフライトを終え、成田空港に到着した。乗客が棚から荷物を出し始める。わたしも立ち上がった。しかし、「痛い・・・。」
13時間も窮屈な姿勢を強いられてしたので背中が痛いのだ。わたしはまるでせむしのように背中を丸めながら飛行機の出口に向かってゆく。スチュワーデスたちが手を振っている。「さようなら〜」
わたしも苦笑いしながらスチュワーデスに答えた。「さようなら〜」
成田空港内に入る。
パスポートを出して入国手続きをする。
さらにその後は手荷物検査である。麻薬犬もいる。わたしはビクビクしながら税関を通った。幸いブザーはならなかった。わたしはほッと胸を撫で下ろした。
森さんが税関の出口で待っている。
「ハーィ!!みなさん、ここで解散となります。短い期間でしたがありがとうございました!」
・・・短い期間?そんなはずはない。時間とは相対的なものだ。時間は認識する各人によって短くもなり、長くもなる性質を持っている。わたしはこのたった10日間のトルコ旅行で一生分の時間を過ごしたような気がする。こんな濃厚な時間はそうそうに味わえるものではない。
ツアー一行が握手を始める。
わたしはカッパドキアのレストランでお世話になった長門夫妻とまず握手をして名刺を渡した。長門夫妻の前でわたしは思い切って宣言してみた。
「わたしも絶対お金持ちになります!!」苦笑する長門夫妻。
そして添乗員の森さんと握手する。
名刺を渡してから「おかげさまで安全な旅行ができました。」と礼を言う。森さんは大きな身体を揺さぶってなにやら照れている。
そして最後に斎藤さんと今野さん。
ご両人に名刺を渡してからガッチリときつい握手をした。それはこの10日間で培った友情の証であるだろう。
わたし「おかげさまで楽しい旅になりました!ありがとうございます!!」
斎藤さん「貴方、若いんだから気をつけて秋田へ帰りなさいよ。」と斎藤さんはどこまでも飄々としているのであった。
そして全員解散。
斎藤さんがいつまでも手を振っている。
わたしも手を振る。振り続ける。
しかしいつまでも手を振っていたい誘惑を振り切ってわたしは歩きだした。いつまでも感傷に浸っている場合ではない。わたしにとっての次の戦いはもう始まっているのだ。再びカブトの尾を引き締めよ!
まずわたしは「スカイライナー」という窓口へ行ってスーツケースを宅急便で秋田の実家へ送る手続きをした。
次に両替所に行って残ったユーロを円に換金する。トルコリラは小銭しか残っていない。わたしはトルコリラの小銭を記念に持ち帰ることにした。
そして成田空港南ウイングから出ている新宿行き高速バスを目指す。ちょうど都合良く高速バスが来ていた。わたしはバスに乗り込み一番最後の席に腰を下ろす。
ぶるぶるぶる・・・と音を立ててバスが動き出す。
トルコ旅行はこれで完全に終わったかに思えた。しかしわたしはなにか素敵な始まりの予感を感じていた。
驚きと興奮に満ちたトルコ10日間の旅は今、終わる。
しかしわたしにとっての本当の旅はこれから始まるのだ。
それは人生という果てしのない道程。中近東という未知の地域を旅して、わたしの世界を見る目は完全にチェンジした。わたしはもう旅に出るまえの臆病な青年ではない。わたしはずっしりと地に足のついた壮年としての自信をありありと感じていた。
それは新生。あるいは第二の誕生。
「旅は終ったのではない!むしろ出発だ!!」
この固い誓いと共にバスは新宿に向けて出発する。
バスは剛速球のスピードで高速道路をひたすらに走ってゆく。・・・
(続く)
(写真は奇跡的に残っていた容量で写した成田空港内部の光景)
(黒猫館&黒猫館館長)