【中東紀行 75】決断、そして出発
河野さんが倒れたとの情報を聞いてツアー一行に衝撃が走った。
やがてその衝撃はじわじわと現実的な不安となってツアー一行を蝕んでゆく。
外国へのツアー一行はいわば運命共同体である。
「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」助け合ってゆかなくてはいけないのだ。そうしなければ海外旅行などという冒険が円滑に進むはずはない。
しかし今、ツアー一行の大事な一員である河野さんが倒れた。添乗員の森さんとツアー一行は重大な決断を迫られた。河野さんを犠牲にしてよいのであろうか?
森さんが携帯電話で英語を早口でしゃべっている。なにを言っているのか良くわからないが、切迫した口調から事態の重大さが感じられた。
フライトまで実に1時間前、ようやく携帯電話を森さんが切った。いつも温厚そうな顔の森さんが悔しそうな顔をしてこう言った。
「出発します。みなさんパスポートを用意してください。」森さんの重い一言がツアー一行の頭上にのしかかる。わたしも思った。「非常に、非常に残念だ。」ツアー全員で帰国して成田で全員の集合記念写真撮りたかったのに。
わたしはその後、河野さんがどうなったのか知らない。
・・・自己責任。
この重い言葉が、その時のわたしの頭によぎった。いくら旅行代理店大手のJTBでも病気で倒れた人間の責任まではとれないということであろう。
河野さんは恐らく自分で飛行機を予約して自分で飛行機に乗って日本に帰ってきたことであろう。それも旅行保険に入っていたらの話であるが。
さらに後で聞いた話であるが4月14日にアイルランドの火山が噴火、16日にはヨーロッパ全土を火山灰が覆ってヨーロッパ全域の飛行機が凍結された。ツアー一行の日本への出発は15日、まさに危機一髪の帰国であったのだ。
このことを考えても河野さんがそう簡単に帰国できたとは思えない。
「全員のために一人を犠牲にするのはやむおえない」・・・これは映画などでおなじみのセリフである。わたしはこの時、重いリアリティを感じながらこの言葉の意味をかみ締めていた。
※ ※
ツアー一行がパスポートを取り出して搭乗手続きの窓口に並んだ時、横で手を振っている大柄の人間が居た。誰だ!?と振り向くと彼はなんとオキアイさんであった。
オキアイさんの現地ガイドとしての任務はもう終わっている。しかしオキアイさんは空港までわたしたちツアー一行の出発を見送りに駆けつけてくれたのだ。
わたしは誰よりも先にオキアイさんに向かって駆け出した!
(デジカメの容量がオーバーしたのでもう写真はなし)
(黒猫館&黒猫館館長)