【中東紀行 68】残り火に燃えて 

 

 「ドンドンドンドン・・・」激しく打ち鳴らされていた打楽器の音が除除に小さくなる。あれほど激しかったアテナのダンスも、まるで生命が終焉を迎えるように除除におだやかなものとなりやがて止まった。

 暗転。キャバレー内部が真っ暗になる。

 次に紅い照明が点いた時にステージに立っていた者は、ベリーダンサーではなく白髪の老歌手であった。老歌手はさッ!と右手をあげて、それを振り下ろすような挨拶をした。これは皆さんご一緒に、という意味であろう。

 老歌手はロシア語、フィンランド語、ポーランド語でそれぞれの国の歌を順番に歌ってゆく。
 ポーランド語の歌が終わった次の瞬間、老歌手はわたしたちツアー一行のほうを向くと「さあ!みなさんご一緒に。」と流暢な日本語で言った。
 歌は「上を向いて歩こう」。・・・老歌手の歌につられてツアー一行はいつの間にか歌を口づさんでいた。そしてそれは除除に大きな声となってやがて合唱となった。

 「♪上を向いて、歩こうよ〜ナミダがこぼれないように・・・」老歌手とツアー一行が合唱する。異国の地で聞く日本の歌は不思議な懐かしさに満ちている。やがて老歌手の歌が終わった。その瞬間ステージに幕が降りた。哀愁の漂うBGMが流れる。これはショーはもう終宴です、という意味であろう。

 しかしその次の瞬間ハプニングが起きた。ロシア人の一行がステージになだれ込んだのだ。ロシア人たちは哀愁溢れるBGMに合わせて激しいダンスを踊り始めた。そしてポーランド人も、韓国人も次々と席を立って踊り始める。


 


 わたしが呆気に取られていると、もう一度河野さんが立ち上がった。
 河野さんは最初に20代のカップルの手を取るとステージに押し上げた。その次はわたしに河野さんの手が差し伸べられた。
 斎藤さんが後ろから囁く。「ほら、貴方、行きなさいよ。」
 わたしは思い切ってステージに飛び乗った。河野さんも飛び乗る。
 哀愁漂うBGMはまたもいつしか激しい打楽器に変わっていた。

 ・・・そうだ。そうなのだ。夜は終わらない。本当のショーはこれからなのだ。わたしはロシア人や韓国人らにもみくちゃにされながら痛切に思った。さあ、踊ろうよ!果てしのない夜の闇を超えて。


        ※             ※


 イスタンブールの夜は更けてゆく。
 しかしキャバレーの夜はこれからであった。ツアー一行にとってのトルコ旅行最後の夜、それはいつ果てるともなく続いてゆくのだった。



 (黒猫館&黒猫館館長)