【中東紀行 37】シルクロードの残照

 

 

 

 森さんがいきなり大声を出した。
 「はーィ!!みなさん!キャラバンサライに到着です!!集合時間は20分後です。それではごゆっくり!」

 全くたった20分でごゆっくりもねーだろ・・・と思いつつわたしはバスを降りた。ツアー一行のおばさんたちは早くもキャラバンサライの内部に入っている。
 わたしも急いで後を追った。

 さて「キャラバンサライ」とは「隊商宿」のことである。10〜15世紀ごろに盛んに建造されたシルクロードを行く旅人たちのための安宿である。今風に言えばユースホステルのようなものと考えてもよいだろう。

 キャラバンサライはシルクロードに約30キロ間隔で建てられたのだという。当時の旅人の一日を行ける距離が30キロぐらいであったからだ。一日30キロでトルコのイスタンブールから中国の長安まで歩いた昔の人は全く凄すぎると言わざるをえない。

 キャラバンサライではイスラム教徒、キリスト教徒、仏教徒、ゾロアスター教徒に至るまで宗教に関係なくすべての人々に門戸が開かれていたという。宗教戦争や異端審問に明け暮れた中世の時代でこのことがいかに凄いことかわかってもらえるだろうか。
 さらにキャラバンサライ内部では旅人たちに3日間の食事の提供、病気・怪我の治療、靴の修理や動物の世話に至るまで宿泊期間中は全て無料でサービスを惜しみなく分け与えたという。

 シルクロード、東西を行く旅人たちにキャラバンサライはどれだけ憩いの場所になったのであろうか。わたしは中世のロマンに浸りながら時計を見た。するとピッタリ20分後。

 シルクロードを行くかっての旅人と同じくわたしも今は旅人である。わたしはキャラバンサライに集ったかっての仲間たちに別れを告げて、コンヤへ向かうバスへ向かって歩きだした。

(写真はキャラバンサライ内部)

 

(黒猫館&黒猫館館長)