フェルト・グレイス、愛と苦悩の日々

 

(影姫・作)

 

(↑フェルト・グレイス↑)

 

 T

  「こちら、プトレマイオス、応答してください。こちらプトレマイオス、応答してください。・・・」
 トレミーに向かって飛んでくる機体がある。フェルト・グレイスはここが自分の見せ場と思って精一杯の声で叫んだ。

 「こちら、プトレマイオス、応答してください!!」

 次の瞬間、トレミーのブリッジの反対側に座っているミレイナが奇矯な声を出した。

 「わお!アレルヤさんです!なんか彼女さんと一緒みたいです!!」
 トレミーのブリッジが一瞬どよめく。
 一同「彼女!?」
 明るいどよめきがトレミーのブリッジを満たしてゆく。

 しかしフェルトだけは二コリともしなかった。
 フェルトには、そんなことより戦況オペレーターとしてミレイナにまた先を越されたことが悔しかったのだ。

 フェルトは悔しさのあまり下を向いた。
 ミレイナのような新参者の小娘に戦況オペレーターとしての自分の地位が脅かされている。
 自分にはオペレーター・システムを扱う能力がないのではないか。
 さらにそのうち自分のトレミーでの居場所が無くなってしまうのではないか。
 フェルトはグッと悔しさのあまり拳を握り締めた。
 
 フェルトの尋常ではない様子に気づいたスメラギ・李・ノリエガはフェルトに声をかけた。まるで帰宅帰りの女子生徒が傷ついた野良猫を労わるように。

 「フェルト、今日はもう下がっていいわ。ゆっくり休んで明日に備えて・・・」

 スメラギの思いもかけない優しい声に、フェルトの中で熱い溶岩のようにこみ上げてくるものがあった。
 ぴちょん・・・
 フェルトの泪(なみだ)が一滴オペレーションシステムの上に滴った。
 しかしトレミーのクルーに泣いている自分の姿を見せるわけにはいかない。ここは戦場なのだ。

 「失礼します!」

 オペレーター専用座席から席を外したフェルトは、皆に顔を背(そむ)けながら、ブリッジのドアから駆け出した。

 「う〜ん、フェルトさん、最近ちょっと変です!!」ミレイナが叫ぶ。
 そんなミレイナを制止するようにスメラギが呟いた。

 「フェルトには今が一番つらい時かも知れないわ。みんなわかってあげて。」

 ラッセが無表情で頷いた。アニューの反応はない。ミレイナはまるで自分が叱られたような気がして思わず下を向いた。





                    ※                             ※



 U

 トレミーの廊下を半浮遊しながら自室へ急ぐフェルト。
 廊下の角を曲がった瞬間、彼女は誰かと鉢合わせた。
 「ガツッ!」
 頭と頭を衝突させてフェルトは顔を歪めた。

 ライル・ディランディだった。フェルトは思わず横を向いた。
 「よッ!ピンクのお姉ちゃん!元気!?」

 ライルの軽口を無視しながらひたすらフェルトは自室に急いだ。
 「おいおい、お姉ちゃん、無視かよ〜、それはないぜ。。。」

 後ろから声をかけるライルをひたすら無視しながらフェルトは自室に急いだ。



 「バタン!」
 フェルトは自室のドアを閉めるとソレスタル・ビーイングの制服のままベットに横になった。
 ベットの横にはクリスティナ・シオラと二ール・ディランディの写真がある。
 今は亡きふたりの写真を横目で見ながらフェルトは四年前のことを思い出していた。

 「あの頃はわたしも若かったし、希望もあった。。。しかし今は。」 
 
 戦況オペレイターとしてはミレイナから下から突き上げられ、戦々恐々としている日々。
 さらに刹那とマリナ、ライルとアニュー、そして今度はアレルヤと誰かがそれぞれ、戦場に咲く小さな花のように愛を育みだしているのに自分だけが孤独だった。

 来る日も来る日もオペレーター・システムとにらめっこする無機質な日々。
 フェルトは自分だけが取り残されたように感じていた。
 自分はいつも孤独の中にいる。・・・
 フェルトはトレミーの医務室からもらった「レキソタン」という精神安定薬をベットの引き出しから取り出した。本当にこの薬は良く効く。
 現在の彼女にはレキソタンだけが友人だった。
 やがて深い眠りが訪れるはずだった。
 しかしその日に限って眠りは訪れない。フェルトはベットからむくりと起き上がった。
 
 その時、廊下から聞こえくるアレルヤの声。・・・





                 ※                                    ※





 V

 トレミーの乗艦ハッチから機内へ入ったアレルヤとソーマ・ピーリスはスメラギの自室へ挨拶に向かっていた。
 暗い廊下にコツコツという無機質な音が響く。
 ふと、アレルヤが闇の中に人影を見た。よく見るとその人物はフェルトだった。


 アレルヤ「ん? フェルト、ちゃんと紹介してなかったね。これからトレミーで一緒に暮らす」
 フェルト「ソーマ・ピーリス」。
 
 フェルトに話題の先を越されたアレルヤは思わず黙り込んだ。
 フェルトが厳しい口調で続ける。

 「貴方は4年前、国連軍のパイロットとして私たちと戦った。
 その戦いでわたしたちは失ったの。
 クリスティナを。
 リヒティを。
 モレナさんを。
 そしてロックオン・ストラトスを!」

 そこまで言うとフェルトは駆け出した。アレルヤが引き止める。「待ってくれ!フェルト!マリーは・・・」
 しかしフェルトはアレルヤの言葉に耳を貸さず、暗闇の中へと消えていった。

 アレルヤがソーマに労わりの声をかけた。
 「ごめんよ。マリー。
 でもフェルトにとってこの船のクルーは家族同然で彼女にとってここはすべてなんだ。」

 ソーマは無言で頷いた。

 フェルトは自室に戻っていた。
 ベットにうつ伏せになると、フェルトは泪を流した。

 「あんな悪辣な敵の女にさえ、ちゃんとアレルヤというパートナーがいる。
 少なくてもわたしはトレミーのために一生懸命、頑張ってきたわ!
 それなのに!それなのに!」
                                  
 フェルトはくやし泪を流し続けた。

 泣き疲れた頃、フェルトは眠りに落ちた。
 午前2時。
 トレミーの機内は水を打ったように静まりかえっていた。

 ベットの脇には、プラスチックケースに収められているリンダ・ヴァスティがラボで育てた「中東の花」が置かれていた。






W

 AM五時。
 フェルトは浅い眠りを繰り返してようやく目覚めた。
 今日は独立治安維持部隊アロウズとの戦闘があるかも知れない。
 早く起きなくては・・・とフェルトはもそりとベットから起き上がった。
 しかし起床時間までまだ少し時間がある。

 フェルトは疎ましい眼で「中東の花」を見る。
 ミレイナの母親が育てた、というだけでフェルトにはその花が疎ましく感じられた。
 フェルトは今日の戦闘で出撃する予定のガンダムマイスター、刹那・F・セイエイに「中東の花」をくれてやることに決めた。
 刹那は中東の小国出身だったはずだ。
 ならば、この花は刹那が持っているのがふさわしい。
 フェルトは「中東の花」を持つと自室から出て刹那の部屋に向かった。

 早朝のトレミーの廊下は静まり返っている。
 みな、クルーたちは連日の戦闘で疲れているのだ。起床時間ぎりぎりまで寝ていたいのも仕様がない。
 フェルトはそんなことを考えつつ、無機質で装飾の無い廊下を歩いていった。
 
 廊下の小さな窓から月が鈍い光を発しながら光っている。
 宇宙では昼でも月が見えるのだ。
 
 その時、向こうから歩いてくる人影があった。
 その瞬間、フェルトの心臓がなぜか高鳴った。
 その人影は刹那だった。
 刹那は相変わらず無表情な顔でこちらへ向かってくる。
 フェルトは口ごもりながら刹那に声をかけた。

 「あ、あの。・・・」
 ジロリ!と厳しい表情で刹那がフェルトを見た。刹那はいつもこの調子だ。
 フェルトは緊張しながら続ける。

 「この花、リンダさんが育てた「中東の花」なの、貴方が持っているのがふさわしいと思って。」
 刹那は無言で「中東の花」を受け取った。

 次の瞬間、フェルトの口から出た言葉は彼女にも思いもよらないものだった。

 「マリナさんに怒られるかな・・・」

 一瞬の沈黙があった。
 刹那もフェルトも無言だった。ただお互いを視線だけで追っていた。

 「マリナとはそんな関係じゃない。」刹那がそう言い捨てると「中東の花」を抱えてフェルトの横をすり抜けてゆく。
 フェルトには自分が今言った言葉が信じられなかった。
 自分が刹那とマリナの仲に嫉妬している。
 そのことは裏返せば自分が刹那を愛していることを意味していた。


 フェルトにはまだ信じられなかった。自分がいつの間にか刹那に惹かれていたことを。
 それは本心かもしれない。そうではないかも知れない。

 しかし今のフェルトには「なにかを力強く掴んだ」という感触が感じられた。
 もし、わたしが刹那を愛してしまっているのなら、そうであるのなら、もう一度それに賭けてみよう。
 戦況オペレーターとして、ガンダムマイスターである刹那をできるだけ支援するのだ。

 「もう一度、もう一度、やり直してみよう」・・・フェルトは低く呟いた。
 かってクリスティナの言った言葉が脳をよぎる。
 「ひとは愛するひとのためなら強くなれるわ。・・・」

 フェルトは刹那が去っていった方向の廊下を一度だけ振り返ると、しっかりとした足取りでトレミーの食堂に向かった。

 これからわたしに一体なにが起ころうとしているのかは全くわからない。
 もしかしたら明日、わたしはあっけなく宇宙空間に放り出されて死んでしまう運命なのかもしれない。
 しかしそれでもわたしは生きてゆく。
 明日になにが起ころうとも。
 
 この胸のぬくもりを忘れさえしなければ。



 Y

 トレミーブリッジ。
 今、戦闘は始まったばかりだ。

 「前方にMS部隊発見!独立治安維持部隊アロウズです!新型モビルアーマーも確認できます!」
 フェルトはオペレーション・システムを見ながら力強く叫んだ。
 
 ミレイナが相変わらずの口調で明るくおどけた。
 「わお!今日のフェルトさん、やる気満々ですぅ!」

 スメラギがフェルトに応答する。
 「了解、トレミー、右折旋回!ガンダムマイスター、全員発進して!」

 今、ソレスタル・ビーイングにとっての決戦は始まったばかりだ。
 
 そしてフェルトにとっての新しい「人生」も今、始まろうとしていた。
 

   

 

 (2009.10.4)
(影姫&黒猫館&黒猫館館長)