消えたハヤテ

(影姫・作)

 

(↑可哀想なナギw↑)

 T 

 陽春・4月のある晴れた日。
 
 三千院ナギはいつものとおりAM11時に目覚めた。
 ナギは実際には「白鳳学院」という高校の高校生である。しかし今年に入ってからナギは一度も学校に行っていない。

 ナギは寝間着の代わりに着ているジャージのまま、もそりとベットから起き出すと、テレビをプツンとTVをつけた。画面に映る「テレフォンテレビショッピング」。もう一度ゴロリと怠惰にナギはTVの前に寝そべった。

 しばらくしてナギはあまりにあまりの退屈さに叫んだ。

 「え〜い!アニメはやってないのか!アニメは!!」
 と叫びながらTVチャンネルをカチカチと回す。

 しかしどのチャンネルも放送しているのは奥様向けショッピング番組ばかり。
 ナギはついに切れた。

 「ぶちッ!」とTVを消すと、漫画を描くため机に座る。
 原稿には昨日描いた漫画「金満戦隊ナギレンジャー」の原稿が散らばっている。
 ナギは漫画の続きを描こうとした。・・・しかし何も浮かばない。

 「・・・才能、か。お金では買えないものもあるのか。・・・」
 ナギはかってのマリアの言葉を思い出しながら叫んだ。

 「ハヤテ〜!!ハヤテはどこだ〜!?」
 しかし誰も現れない。

 「マリア〜!!マリアはどこだ〜!?」
 さらに誰も現れない。

 どうなってるんだ!?一体!!
 ナギは乱暴に机を蹴飛ばした。すると必然的に椅子が後ろに倒れる。ナギは床に転がった。

 「ついてないな〜くそ〜・・・」などと嘯(うそぶ)きながらナギはもう一度ハヤテを呼ぼうと立ち上がった。その時・・・

 ぎい〜・・・
 現れたのはクラウスであった。しかし顔色に精気がない。いつもはポマードでキチッ!と固まっている頭髪ももじゃもじゃになっている。

 「どうしたんだ!?クラウス!?」ナギが叫んだ。

 クラウス「ナギお嬢様、あの綾崎ハヤテが三千院家の財産を持ち逃げしました。マリアと一緒に・・・」
 「な・・・なんだとーーーーーーーーーー!!」ナギは目を剥いた。

 クラウス「現金ばかりか預金もすべて銀行から引き出されております。これでは三千院家はもう終わりです・・・」
 ナギが泣きながらに叫ぶ「なんとかしろ!クラウス!!」
 クラウス「もうどうしようもありません。お嬢様。おしまいです。」

 ナギには信じられなかった。あのハヤテが三千院家の財産を持ち逃げするとは。
 さらに自分を裏切ってマリアと駆け落ちするとは。

 今のナギには財産のことより、ハヤテが自分を裏切ったことが悔しかった。そして悲しかった。

 ふと見るとがっくりと倒れこんでいるクラウスの後ろにタマが立っている。
 ナギは八つ当たり式にタマに飛び掛った!「この虎め〜!!お前のせいだ!!」
 
 「バチン!」とナギはタマに張り倒された。
 その時、なんとタマが虎なのに人間の言葉を話したのだ。

 「全く、俺に八つ当たりするんじゃねーよ、このメスガキがッ!ケッ!」

 ナギはタマの「発言」に驚愕した。
 しかし驚いている間もなく、黒服が続々とナギの部屋に現れナギを抱きかかえた。
 「なにをする〜!!離せ!!」

 ナギはマッハの速度で黒服から邸宅を運び出されてゆく。
 そして三千院家の玄関からほおり出された。

 「借金抱えこまさせられなかっただけでも幸せと思いな!この馬鹿幼女!」黒服の一人が吐き捨てるように言うと「ガシャン!」と豪邸の門が閉まった。ナギはジャージ姿のまま無一物になってしまった。 

 道行く人々が皆、ナギを好奇の目でじろじろ見てゆく。
 ナギは力なく立ち上がった。「これからどうしよう・・・」ナギはジャージ姿のままとぼとぼ歩きだした。行くあてもなく。





                 ※                                         ※





 U

 西沢歩はいつものとおり鯛焼き屋で買った鯛焼きを食べるため公園のベンチに座ろうとした。しかしベンチにはすでに先客が居た。よく見ると先客はナギである。歩はナギに声をかけた。

 「あれ〜・・・三千院ちゃんたらどうしたのかな?かな?」

 「ハムスターか。。。」ナギは力なく答えた。「ハムスター、もうわたしは駄目だ。・・・」

 「三千院ちゃん、どうしたの!?」歩がさらに問う。
 「ハヤテが、ハヤテが・・・」そこまで言ってナギは言葉を詰まらせてしまった。


 「うん、三千院ちゃんわかるよ。・・・綾崎君とケンカしたんだよね。ね。」

 「ケンカか。。。まあ、そういうものかも知れんな・・・」ナギが力なく呟く。
 「あッ!もうこんな時間!」と歩は叫んだ。そしてダッシュで駆け出してゆく。
 「もう家に帰らなきゃ!三千院ちゃん、また、ね。ね。」


 西沢歩が去っていった公園は厭になるほど寂しかった。
 四月のまだ冷たい風が容赦なくナギを襲う。
 だんだんお腹が減ってきた。
 空腹のため全身に力が入らない。


 ナギはごろり・・・とベンチに横たわった。
 ふと見ると他のベンチにも人間が横たわっているのがたくさん見える。
 昨日までは他人事と笑っていた平成大不況の荒廃を横目で見ながらナギは呟いた。
 「ホームレスか。。。わたしもそのひとりになってしまったのだな。。。」
 ナギは自嘲的に笑うと頭を腕で覆うとストンと眠りに落ちた。





 夢の中でナギはまだお嬢様であった。
 ハヤテとマリアが傍に控えている。
 わがまま放題のナギをハヤテがあやす。

 「ナギお嬢様、ダメですよ。まだ眠る時間じゃないですよ。。。」
 「うるさーい!!わたしは眠いのだ!ハヤテ!!」





 ハッ!と目覚めるナギ。
 もうあたり一面真っ暗になっていた。
 そこはやはり殺風景な公園のベンチであった。
 ついにナギは泣き出した。

 「ハヤテ・・・ハヤテ・・・おまえがわたしを裏切るなんて・・・えッ!えッ!・・・」
 寒さが身に沁みる。湿気がジャージを濡らす。
 夜は無情に寒さと湿気を増しながらさらに更けてゆく。





                  ※                         ※





 V

 ふとその時、枕元に人の気配を感じたナギは瞬間的に飛び起きた。

 「ハヤテか!?」

 いや違う。女だ。ナギは目を凝らした。よく見ると彼女は桂ヒナギクであった。

 「ヒナギク、か。。。どうした?・・・」ナギが力なく言う。
 ヒナギクが口を開いた。「ナギ、ハヤテ君にもう一度会う方法を教えてあげようか?」
 ナギはヒナギクに掴みかかった。「その方法を教えろッ!今すぐにだーッ!ヒナギク!!」
 「痛いったら!もう!ちゃんと座りなさい!」ヒナギクの厳しい声に、ナギは再び意気消沈してベンチに座りなおした。

 「それでどうするんだ?ヒナギク?・・・」ヒナギクは真剣な表情で、ナギの顔をじっと見るとゆっくり口を開いた。

 ヒナギク「ナギ、あのハヤテ君がマリアさんと三千院家から駆け落ちするなんて変じゃない?普通起こることじゃないわ。」
 ナギ「それはそうだ。そんなことはわかっている。」
 ヒナギク「それと決定的に変な事が今日無かった?」

 ナギ「・・・・あ!タマがしゃべった!!」

 ヒナギクの顔がさらに緊張を増した。「それよ。それ。虎がしゃべるなんて絶対起こることじゃないわ。」
 ヒナギクがさらに続ける。「それと今日の昼に気づいたんだけど、わたしの姉、つまり桂雪路の性格が変わってるの。なんというか非常に真面目な先生になってキチンと世界史の授業を終えたわ。これってどう考えても普通じゃないわ。」

 ナギが呻くように言う。「つ・・・つまり、この世界になにか異変が起きているというのだな・・・?ヒナギク?」
 ヒナギク「そう。この世界が通常の時間軸からズレた歴史を歩みだしているのかもしれない。ナギ。」
 ナギ「じゃあ、どうすれば元の世界に帰れるんだ!?ヒナギク!!」
 ヒナギクはため息をついた。「まあ、そう慌てないで。ナギ。貴方は「キャクホンカ」の存在を信じる?」
 ナギはギクッ!とした。「キャクホンカ」・・・以前、伊澄から聞いたことがある。この世界のすべてを司る神・・・
 
 ナギ「そういう存在がいるという話は聞いたことがあるぞ。。。」
 ヒナギク「「キャクホンカ」は「シチョウリツ」という数値の影響によって「ロセンヘンコウ」することがある。。。つまり今のわたしたちがいる世界は「ロセンヘンコウ」された世界に違いないわ。」
 ナギ「じゃあどうすれば「ロセンヘンコウ」されないで済むんだ!?ヒナギク!!」
 ヒナギク「「シチョウリツ」をアップさせる。これしかないわ。」

 ナギは小さな頭で悶々と考え始めた。「シチョウリツ」アップとはどういうことなんだ?またそれをするにはどうやって?
 複雑な方程式を解くようにナギは考える。「キャクホンカ」「シチョウリツ」「ロセンヘンコウ」・・・
 
 その時、ナギはハッ!と気がついた。
 ナギ「わかったぞ!ヒナギク!「ロセンヘンコウ」されないためにはわたしとハヤテの関係が「進展」すれば良い!!そうすれば「シチョウリツ」アップ間違いなしだ!!」
 ヒナギクが応答する。
 「偉いわ。ナギ。そこまできたらもう一歩よ。ではそのためにはどうするか?」

 ナギの中でなにかこみ上げてくるものがあった。
 それはいつもモヤモヤしていてノドまで出掛かっていた言葉。
 その言葉を今、ナギは叫ぶのだ。
 ナギは固く決意した。

 今こそわたしとハヤテの関係を「進展」させる!!

 ナギはヒナギクをチラリと見た。「で、おまえはこれでいいのか。ヒナギク?」
 ヒナギク「ちょっと悔しいけど仕様がないわ。今回は負けてあげる。」ヒナギクがクスッと微笑んだのを確認してからナギは思いっきり叫んだ。


 ナギ「ハヤテ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!おまえが好きだぞ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」





                   ※                             ※





 W

 「どうしたんですか?お嬢様、そしてヒナギクさん。」
 いきなりガサリと音がすると、横の森の中から声がした。
 ナギがハッ!と振り向く。
 そこに立っているのはいつもの執事服のハヤテ、そしてメイド服のマリアであった。

 ナギ「ハヤテ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 ナギがハヤテに抱きついて小さな子供のように号泣し始めた。
 その様子をじっと見ているヒナギク。
 マリアはなぜか微かな微笑みを浮かべている。

 ナギは泣きぢゃくりながら言った。「ハヤテ!もうどこにも行くなよ!絶対に、絶対に、わたしの傍を離れるなよ!!」
 ハヤテ「嫌だな〜お嬢様、ボクがお嬢様を置いてどこかへ消えてゆくわけがないじゃないですか。」

 ナギとハヤテが慰めあっている時、ヒナギクがマリアに言った。
 ヒナギク「マリアさん、わたしたちの世界は守られたんですね。ナギのおかげで。」
 マリア「そうね。ナギったら成長したわね。そしてヒナギクさん、ありがとう。」



 あたり一面がうっすらと明るくなってきた。
 長い夜が明けるのだ。

 ハヤテがナギに言った。「さあ、お嬢様、帰りましょう。ボクたちの居場所へ。」
 ナギ「ハヤテ、一緒に行こう!!」

 ハヤテとナギが手を取り合って一緒に歩き出す。

 ヒナギク「ところでハヤテ君はナギのあの大告白を聞いたのかしら?マリアさん」
 マリア「ええ、しっかり聞いてましたよ。ハヤテ君。」

 今、四月の早い朝が明けてゆく。
 そしてまた、それはハヤテのナギの新しい物語の始まりであった。

 

(影姫&黒猫館&黒猫館館長)
(2009・9・18)