最後の晩餐も無事完了。
これでツアーの日程はすべて終了した。
後は明日の帰国を待つのみである。
しかしわたしは夢の中にいた。
明日、帰国が待っているとはわたしにはどうしても思えなかったのだ。
わたしはこれからも永遠に異邦人としてヨーロッパ全土を放浪し続けるだろう。
夢は終わらない。いつまでも。いつまでも。
それほどまでにたった一週間ほどのヨーロッパ周遊旅行で一年分、いや十年分の体験をしてしまった思いがわたしの中でくすぶっていた。
今、パリでの最後の宿、プレジデントホテルへ行くリムジンバスにエンジンがかかる。
バスが出発する。
次々と明滅しては後方へ飛び去ってゆくパリの街の灯り。
ジャンヌダルク像に別れを告げ、ルーブル美術館のピラミッドの脇を通り、凱旋門をくぐり、華やかなシャンゼリゼ通りの中をリムジンバスは通り過ぎてゆく。
街の明かりが乏しくなり始めた頃、リムジンバスは高速道路に入った。辺りが暗くなる。それと共にわたしのこころも暗愁を帯び始めた。
夢はいつか覚める。
帰国すればまた単調な日本の田舎での生活が始まるだろう。
古ぼけた我が家、家族とのいさかい、病身の父の面倒、単調でぎこちない生活。
わたしはため息をつくとぐっしゃりとシートに身を埋めた。
とその時であった。
ツアー一行にどよめきが広がる。
それと共に湧き上がる拍手の波。
わたしはシートから飛び起きた。
吉永さんが最後の力を振り絞るように叫んでいる。
「みなさん、今、ちょうどPM9時です。エッフェル塔に灯りが点灯しました!!」
わたしは窓からパリの方角を観た。
エッフェル塔全体がきらびやかなイルミネーションを纏っている。
黄色い衣裳をまとったようなエッフェル塔を観ていると不思議にナミダが溢れた。
その灯りの中にわたしは観た。
ミラノのガレリアに飛びかう光の乱反射を。
ヴェネチアのゴンドラに揺られながら観た水没する古都を。
フィレンツェのウフィツィ美術館にいまだ漂うルネッサンスの香気を。
ローマのスペイン広場で観たオードリー・ヘップバーンの幻影を。
そうだ。・・・旅は終わらない。いつまでも。わたしのこころの中で。わたしがこの永遠にヨーロッパの記憶を反芻し続けるかぎり、いつまでもわたしはヨーロッパの地を駆け巡り続けるだろう。永遠に。
最後の晩餐。
そしてエッフェル塔にともる灯を観て、震える感動を噛み締めた一夜が静かに深まってゆく。
ヨーロッパ最後の夜はこうして幕を閉じた。
「巴里・卯月 異国に死せずの 悔いのこし 天人五衰の こころ冷えゆく。」(自作)
(黒猫館&黒猫館館長)