関西から来た若い女性ふたり組みの思いがけない「告白」にわたしは意表を突かれた。
まさかツアー最終日の最後の夕食時に自己紹介が始まってしまうとは思ってもいなかったからだ。
「卒業旅行か・・・そういえばわたしは卒業旅行に行かれなかったな・・・」
わたしは遠く過去った記憶を反復した。わたしは学生時代にクラスの友人グループから卒業旅行のグループからひとりだけ故意に外された経験を持つ。それ以来わたしには人間不信が芽生えた。
しかしこの今、瑞々しく社会へと飛び立ってゆこうとする女子学生ふたり組みをみていると、そんなことは本当にちっぽけなどうでも良いことに思われたのだ。
わたしも吉永さんと一緒に心の中で叫んだ。
「社会は荒海のように時に厳しく時に美しい。しかし若ささえあれば乗り切ってゆける。さあ飛び立ってゆけ。お前たちのテラ・インコグニタ(いまだ知られざる大地)へ。」
まるで引火線に導火したように、次に宮崎老夫婦が口を開いた。
「みなさん、今回の旅行では本当にお世話になりました。なにぶん年寄り故、みなさんの足を引っ張ることが多かったと思います。
わたしたちふたりは長年仙台でお弁当屋やって参りました。しかしそれもこの4月で店を閉じます。わたしたちふたりもう70の坂を越えました。今後はふたりで年金生活、ほそぼそとやっていこうと思っています。その記念の今回の旅行でした。本当に良い思い出になりました。もう一度ありがとうございます。」宮崎老夫婦のお婆さんのほうが深深と皆に頭を下げた。お爺さんのほうも一緒に頭を下げた。
なるほど。
とわたしは思った。
みな人生の節目にケジメをつけるためにこの旅行に来ているのだな。
わたしの内面から心の声が聴こえてきた。「・・・あなたがこの旅行に来たのは一体なんのためだったのですか?・・・」
ガタン!
と音をたてると中里カップルが立ち上がった。
皆、一斉に注視の中、男性のほうがちから強く言った。
「みなさん、お世話になりました。本当に良い記念旅行になりました。わたしたちこの旅行から日本に帰国したら籍を入れます!」
「パチパチパチ・・・」
まばらな拍手が巻き起こり、やがてツアー一行15人全員に拍手の波紋が広がってゆく。
わたしは思った。そうか。君たちは新婚旅行も同然だったのか。
幸せになってくれ。
やがてさらにワインのコルクがスポン!と次々に抜き取られる。
本日のメインデッシュ、いやこの旅行を通してのメインデッシュ・エスカルゴが運ばれてくる。
注目がわたしに集まる。
さして語ることをもたないわたしは一瞬焦った。
しかし眼の前を観ると吉永さんがじっとわたしをみつめているのだった。
(黒猫館&黒猫館館長)