みなみけ おかると

(2009年2月25日)

 

(↑南千秋↑)

 

 千秋はいつもぼんやりした顔をしていた。
 千秋はぼんやりした顔をしているから、頭の中までぼんやりしているのか、というとそういうわけではない。
 
 千秋は千秋なりに小さな頭で物事を考えることもあるのだ。
 小学生なりのわずかな知識と短い人生経験で、千秋はぼんやりとある考え事をしていた。




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 今、南家の居間には千秋と春香姉さまと夏奈がいる。マコちゃんと冬馬は留守だ。
 春香姉さまは背中を向けて夕飯の支度をしている。
 夏奈は相変わらず半分居眠りしながら漫画本を読んでいる。
 千秋はいつものように夏奈に対して「この馬鹿野郎・・・」と思うと春香姉さまの背中を見ながら考えことを続けた。



 なにかが変だ。
 何が変だという明確な理由はない。
 ただぼんやりとなにか不自然な空気を千秋は感じていた。
 この空気はずっと以前、「いつから」と問われると千秋は困るのであるが、つねになにか不快なモヤモヤとした空気を千秋は感じているのだった。
 たとえ、三姉妹に加えてマコちゃんと冬馬がいて、わいわいと馬鹿騒ぎをしている時でも、まるで水中にいるような違和感を千秋は感じていた。
 「この違和感はいったいなんだろう」・・・と千秋が考え始めると、千秋の表情はたちまちいつものボンヤリした顔になってしまうのであった。




                 ※                       ※




 春香姉さまがクルリとこちらを向く。
 相変わらず天使のような柔らかな笑顔を振りまきながら春香姉さまは言った。
 「出来ましたよ〜、ザーサイ入りチャーハン。夏奈と千秋、運ぶの手伝って〜♪」

 食卓に春香姉さま特製ザーサイ入りチャーハンが並ぶ。
 春香姉さまは和食でも中華でもフランス料理でも本当に簡単に作ってしまう。

 「いただきま〜す!」三人で手を合わせると夕食が始まった。
 千秋はザーサイ入りチャーハンに手を伸ばした。いかにも辛そうなチャーハンである。
 ちらりと春香姉さまと夏奈を見ると、春香姉さまはあくまで上品にスプーンを運び、夏奈は相変わらずガツガツとチャーハンをかきこんでいる。



 美味しいのかな?このチャーハン・・・ハッ!と千秋はきずいた。自分が春香姉さまの作ったものに疑問を抱いてしまった。いけない!こんなことはあってはいけない!春香姉さまはあくまでわたしの理想の姉さまなんだ!春香姉さまの作るものはみんな美味しいんだ!
 そのように強く思うと千秋は春香姉さま特製のザーサイ入りチャーハンにガブリと口をつけた。



 「辛い!!」・・・思わず千秋は飛び上がった。「水・・・みずぅ・・・」とあたふたしているとカタンと水がテーブルの上に置かれた。春香姉さまだ。いったいどこから水を出したんだろう?と思う間もなく千秋は水をごくごく飲みほした。

 その瞬間、千秋はハッ!とあることに気がついた。
 髪の毛の中のかゆい所を探し当てたような感触、そう、それは千秋の頭のもやもやの核心に位置する考えであった。



 「この家には父(とう)さまと母(かあ)さまがいない!・・・そしてどういうわけかわたしの記憶の中にも両親の記憶が全くない!そしてわたしたち三姉妹の生活はいつから続いているんだろう!?もう永遠にこの三姉妹だけでいつまでも変らない日常を生きている気がする・・・」

 千秋はそっ・・・と春香姉さまの顔を見た。
 あくまでにこやかに微笑みながら上品にスプーンを使う春香姉さま・・・しかし千秋にはある確信があった。子供だからこそ持つ動物的直観で千秋は見抜いていた。春香姉さまはすべてを知っている。春香姉さまがすべての鍵を握っている。・・・
 



                  ※                       ※





 夕食後、春香姉さまと夏奈と千秋は三人で夕食の始末をした。
 その後、また三人でコタツに入り、春香姉さまはミカンを食べ始めた。夏奈は早くも仰向けでイビキをかいている。

 「あの春香姉さま・・・?」千秋はおそるおそる口を開いた。
 「なあに?」春香姉さまは相変わらずのマイペースで優しく答えてくれる。

 「こ、こ、、、この家にはどうして父さまと母さまがいないんですか?・・・」とうとう言ってしまった。千秋はもしかしたら自分は春香姉さまに殺されるのかもしれない、と口に出してから後悔した。

 「なんだ。そんなこと。」春香姉さまはニッコリ微笑む。
 「千秋、こっち来なさい。」春香姉さまはゆっくりと立ち上がると居間から出た。居間の外から手だけを出して手招きしている春香姉さま・・・まるでヒトデの化け物がくねくねとドアの合間から蠢いているような錯覚を振り払いながら千秋も居間から出た。

 蛍光灯の蒼白い光さえ行き渡らない廊下のくらがりで春香姉さまは足を止める。
 「この部屋はねえ・・・?」(ニッコリ)
 春香姉さまが微笑む。
 「普段は使わないんだけど・・・」春香姉さまが廊下にあるドアのノブに手をかけた。
 千秋はギョ!とした。こんな所にドアは無かったはずだ。。。今日学校から帰ってくる時もこんな所にドアは無かった!千秋はガクガクと震えだした。小学生である千秋が初めて体験する「恐怖」という感情に、千秋は身を震わせながら金縛りにあったように動けない。

 今、春香姉さまがドアを開ける。
 ドサッ!と飛び出してくる黒いゴミ用のビニール袋が六個。
 
 もう千秋にはその袋になにが入っているのか、動物的な直観で把握していた。しかしあまりに恐ろしいので、その考えを口にすることなど千秋には絶対に出来なかった。

 春香姉さまがニッコリ微笑む。そしてくしゃくしゃと音を立てながら、ビニール袋の口を開き始める。

 「ほら・・・御覧なさい・・・千秋。父さまと母さま、こんな所にいるじゃない。」

 「ゲボッ!」千秋はビニール袋の中に嘔吐した。千秋の吐瀉物がビニール袋の中の白骨化した、いや完全に白骨化しているわけではなく、所々に腐った肉がこびりついている死体に降りかかった。



 ゲエゲエと黄色い胃液まで吐き出しながら千秋は半分泣きながら言った。
 「春香・・・おまえが殺(や)ったんだな?おまえが!父さまと母さまを・・・!!」

 「そうだけど。」ニッコリ、春香が微笑む。

 「ボコッ!」
 千秋は後頭部を鈍器で殴られた気がした。
 その瞬間あたりがさあッ・・・と暗くなった。







                  ※                          ※






 

 

 輝く光の中で千秋が目覚めた。
 誰もいない。

 「夢・・・だったのか。それともこっちが夢なのか。」とりあえず千秋はホッとした。

 千秋が上半身を起こす。自分はどうやら病院の廊下で居眠りしてしまったらしい。
 周囲はまるで光の洪水のように白くて長い空間。
 やけに寒い。まるで一挙に真冬が到来したようだ。

 千秋はブルッ!と寒さで震えると、ゆっくりと起き上がるり誰もいない廊下を歩き始めた。
 窓から外を見ても眩しすぎてなにもみえない。
 リノリウムの廊下が千秋のスリッパと擦れて、キュ、キュ、と耳障りな音を鳴らす。
 どうやらここは病棟のようだ。
 しかしなぜか病室の小さな窓には鉄格子がはまっている。

 「精神病棟・・・」千秋はボンヤリと思った。
 自分は気が狂ってしまったのだろうか。
 千秋がニヤリと自虐的に顔を歪ませる。
 その時。



 「♪あんな夢、いいな、できたらいいな〜♪」
 千秋もよく知っている、あの長寿アニメの主題歌が聞こえてきた。
 その部屋の入り口には08病室と標識がかかっている。
 千秋は08病室のドアから中をソッ・・・と微かに開く。

 「ドラえも〜ん!!ジャイアンが〜!!」
 見覚えのあるドカンのある空き地で、眼がねをかけたあの少年がこちらへ向かって走ってくる。

 「バタン!」
 千秋はドアを閉めた。

 「なんだこれは・・・」
 08病室の前で千秋は蒼白に染まった顔をさらにいびつに歪ませた。





 この病棟の出口を探すために、千秋は再び歩き出した。
 その時、隣の09病室から、

 「♪あんまりそわそわしないで〜あなたはいつでもキョロキョロ〜♪」
 「まさか。」千秋が09病室をそぉ・・・と覗いた。
 
 「ダーリン!うちだけを見てるちゃあ!!」

 鬼娘が男を追いかけている。これは言うまでも無くこの前まで朝の再放送でやった「うる星やつら」だ。
 「バタン!」千秋は09病室に吸い込まれそうな気がして急いでドアを閉めた。


 ハアハアと千秋が息を荒げていると、その次の瞬間、10号室から聴こえてくる無機質な歌声。

 「オサカナ咥えたドラ猫〜追いかけて〜ハダシでかけてく愉快なサザエ・・・」



 「もう止めてくれ〜!!」
 千秋は耳を押さえた。ここにいたら本当に気が狂ってしまう!!
 とにかくここから出るんだ!探すんだ!出口を!一刻も早く・・・

 千秋は走り出した。
 廊下の突き当たりに出口らしきドアを見た千秋はそのドアの中に駆け込もうとした。
 その時
 聞きなれた「あの唄」が。・・・




 「シアワセを掲げて〜 ドキドキ楽しんじゃおう!!
  経験値上昇☆見ててね (はいっ!)」




 千秋は立ち止まった。
 この部屋も出口ではない!それどころか「あの世界」への入り口だ!

 「バタン!」
 次の瞬間、ドアがいきなり開いた。
 「ぐいッ!」千秋は左腕を強烈な力で捉まれた。

 「春香!」千秋の腕を掴んでいるのは春香だった。
 千秋は腕をゆすってなんとか逃れようとする。
 しかし春香の手は千秋の腕の肉を喰いこんだまま、まったく動じない。

 千秋は呻いた。
 「春香・・・何者なんだ?お前は・・・?」



 「千秋、貴方が悪いのよ。。。気ずいちゃった貴方が。
  人間には知ってはならないことがある。・・・こんな諺を貴方は知らないのかしら・・・?」



 春香がニヤッ!と顔を歪ませて笑った。
 その次の瞬間、千秋は両手両足を捉まれた。

 「夏奈!冬馬!マコちゃん!!」千秋の絶望に充ちた叫びが白い廊下に響く。

 合計8本の手が触手のように千秋を舐めまわし、千秋のさまざま身体の部分を握り締める。そして8本の手はドアの中に千秋を引きづりこんでゆく。
 春香が呟く。「ねえ、わたしたち姉妹、これからも永遠に一緒、死ねない身体なんだもの。なぜって呪われちゃったの、わたしたち・・・父さまと母さまに・・・そしてこの病棟はすべての呪われた者たちのお墓なの・・・」



 「や・め・ろ〜!!馬鹿野郎〜〜〜〜!!!」
 千秋の最後の絶叫も虚しくズルズルと千秋の身体はドアに引き込まれていった。



 「バタン!」



 「♪M・I・N・A・M・I・K・E! (Let 's go) 
  M・I・N・A・M・I・K・E !(Let 's go)
  Hi! Hi! Hi! Hi! Fu〜!!♪」



 陽気な歌声がドアの向こうから白い廊下に響く。しかしその歌声もやがて小さくなり聴こえなくなった。
 白い光の中で廊下は何事もなかったように静寂に戻った。



 「この物語は南家三姉妹の平凡な日常を淡々と描くものです。過度な期待はしないでください。
  あと、テレビを観る時は、部屋を明るくしてテレビから3メートルは離れて見やがってください。」



 ブチッ!
  

 

 

 

 

(黒猫館&黒猫館館長)
(2009年2月29日)