ミラノとヴェネチアの中間部に位置する古都・ベローナ。
ベローナは街の四方を堀で固めた要塞都市であり、そのため外敵が侵入する余地がなく、中世の町並みがそのまま現在でも保存されているという。
わたしたちツアー一行はこのベローナのある「ロミオとジュリエットの家」を見学するために堀を超えて街に入った。
物凄い人である。ミラノとは比べものにほどの群集にわたしは嫌な予感を覚えた。「何事も起こらなければ良いが。」・・・わたしは顔面を蒼白にさせながら、硬直した身振りでベローナの街にバスから降りた。
ここベローナでは古代の円形劇場(アリーナ)が現在でもそのままのカタチで保存されている。夏には現在でも演劇祭が開催され世界中から演劇ファンが集まってくるという。そんなアリーナを横目で観ながら「ロミオとジュリエットの家」に向かうツアー一行に吉永さんが気合をかける。吉永さんの顔もやや緊張ぎみだ。
「みなさん、人だかりを避けて、カバンに十分気をつけて歩いてください!」
やがて一行は街の中心部にある「ロミオとジュリエットの家」に到着する。なんでもシェークスピアの『ロミオとジュリエット』は「実話」であり、その「実話」が起きた場所がこの家だと言うのだ。
わたしはロミオがよじ登ったバルコニーや「触ると恋人ができる」という言い伝えがあるジュリエット像に触ってみた。
「これで恋人ができるのか。楽勝だな。ふふ」などと苦笑いしていると背後に自動販売機がある。水を買わなくては。いやまて。ひとだかりが多すぎる。しかし水がなければ今夜困るぞ。
約五分ほど心理的葛藤を頭の内部で繰り広げたわたしはようやく意を決して自動販売機からサイフを出した。周りに人がいないことを十分に確認しながら。
とその時。
人だかりの中から走ってくる人間がいる!
子供だ。恐らく中学生か。
な、、、なんだ!?
一体!?
その瞬間わたしはその子供の全身全霊を込めた体当たりを喰らっていた。
「ぐえッ!」
バランスを崩したわたしは地面につんのめった。さらにサイフをウシロに落としそうになった!ヤバイ!と思ってウシロを見ると案の上、別の子供がウシロで待ち構えている。ぎりぎりのタイミングでサイフを手放しかけたわたしであるが、なんとか持ち直してサイフをカバンに入れなおした。周りを見ると子供らはもういない。
「ヤバイ・・・ヤバすぎるぞ。これはシャレにならんぞ・・・」
わたしは背中を冷汗がタラリと滴るのを感じていた。もう観光どころではない。頭が混乱して興奮状態になったわたしは一刻も早くバスに戻るべく吉永さんのウシロにピッタリくっついた。
吉永さん「どうしたんですか?」
わたし「はは、いや、子供がね、、ふふ。」
曖昧に受け答えするわたし!もう心ここにあらずである。
ツアー一行がバスへ向かって出発する。途中で有料トイレがある。1ユーロ払ってトイレに入ろうとしたわたしはトイレの受付のオヤジに怒鳴られた。
「ジェントルマン!」
なんと間違って女性用トイレに入りそうになったのだ。
そこまでわたしの精神は錯乱していた。
あの悪辣な子供グループのおかげで!
ほうほうの体でバスに帰ったわたしはすぐに眠りこんだ。なんとなくこの旅行全体に嫌気がさしたのだ。その後はヴェネチア近郊のメストレという街の「アレキサンダーホテル」に行ったのであるが、その頃のことは良く覚えていない。
ただアレクサンダーホテルで就寝前に歯軋りしたことを覚えている。
「イタリアなんか!イタリアなんか!二度と来るか!!」
明日はヴェネチア。ツアーでも目玉の観光名所である。しかしわたしの精神状態は錯乱を続けていた。
メストレの夜は更けてゆく。
(黒猫館&黒猫館館長)