アタック・オブ・ザ・キラー・オレンジ

影姫・作

 

(↑オレンジ↑)

 

 「グイン、グイン、グイン。、グイン・・・・」
 どこからか奇妙な音が聞こえて来る。まるでなにかを握り潰すような、あるいは足で柔らかいものを踏み潰すような奇妙な音であった。

 ジェレミアは痛む頭を抱えながらゆっくりと眼を覚ました。すると闇の中に「ミキサー」が浮かんでいるではないか。。ミキサーは先ほどの不愉快な音と鳴らしながらゆっくりと回転し続けていた。
 ギョッ!としてジェレミアは眼を見開いた。なんとミキサーの中に入って砕かれているのは小人のようにちいさくなった自分ではないか!自分がミキサーの中で粉々に砕かれて「ジュース」にされてゆく・・・




 「うおおおおッ!!」

 ジェレミアは飛び起きた。するとそこはいつものナイトメア騎士団の汚い共同部屋であった。二段ベットの下から「うるせえぞ!オレンジ!!今何時だと思ってるんだ!?」とかっての部下から檄が飛んだ。
 ジャレミアはタオルケットで汗びっしょりとなった自分の顔を拭きながら苦笑した。「オレンジ・ジュースか。ふふ。。ふふふ、、、」ジャレミアは泣いていた。自分のあまりの情けなさに腹が立ったのだ。
 「そうだ、ゼロだ。やつさえいなかったら・・・」

 あのゼロの「オレンジ発言」から単を発したオレンジ疑惑、あの日からジェレミアは転落の坂を転がり続けていた。三階級降格という屈辱の仕打ち、そしてかっての部下からも「オレンジ野郎」と馬鹿にされる日々・・・
 そのように精神的に追い詰められたジャレミアは精神を病んでいた。強迫観念、それが常に彼を襲った。強迫観念とは自分でもありえないと思う「恐ろしいこと」が繰り返し頭脳に浮かんでくる神経の病の一種である。ジェレミアは常に恐れていた。自分が本当の「オレンジ」になってしまうことを。そして巨大なミキサーでオレンジ・ジュースにされてしまいことを。
 かって彼はブリタニア帝国のB級ホラー映画である「アタック・オブ・ザ・キラー・トマト」を笑って観ていたものだ。しかし今となってはこの映画を彼は笑うことができなかった。もしかしてあのトマトたちも自分と同じ人間だったのでは??・・・そして今度は自分が「オレンジ」になる番ではないのかと。




 翌朝。
 ジャレミアはブリタニア騎士団の共同宿舎から出て下級兵士用の食堂でかっての部下であったヴィレッタと落ちあった。ガヤガヤと野卑な言葉が飛び交う食堂でジェレミアとヴィレッタと向かい合って
座った。食欲が無いので食べ残したチャーハンの皿がぞんざいにジャレミアの前に投げ出されていた。

 「最近どう?」ヴィレッタが冷ややかに問う。「最低だ。」ジェレミアは吐き捨てるように言った。「俺はもう精神を病んでいるようだ。早めに軍を除隊して本国に帰還したい。」ヴィレッタが冷笑する。「情けないわ。かってのジェレミア辺境伯。一度落ちぶれたからってもうその有様?男ならもう一度かっての地位を取り戻したいと思わないの?コーネリア閣下も貴方のことを心配しているわ。今度のナリタ作戦で功績をたてれば、あるいは辺境伯の地位をとり戻れるかも。」
 「しかし俺は、、、」ジャレミアは下を向きながら叫んだ。「オレンジになりたくない。オレンジにはなりたくないんだ!全力で!」奇妙な言葉遣いに呆れながらヴィレッタが声を荒げて答えた。「ジェレミア!貴方いったいどうしてしまったの!?そんな下らない妄想に悩まされているぐらいなら、ナイトメアの操縦の訓練でもしたら!?」ヴィレッタは吐き捨てるように言うとぞんざいに椅子を蹴ってそのまま食堂から出ていってしまった。あとにはジャレミアがひとり残された。「ナリタ作戦か。恐らくそれが俺に与えられた最後のチャンスだろう。このチャンスでまた失敗したら今度こそ俺はお終いだ。。。ジェレミアは大きくため息をついた。周囲の兵士たちの冷たい視線がいつまでも彼に突き刺さっていた。

 

 

 

    ※              ※

 

 

 日本解放戦線の本部があるというナリタ連山。コーネリア率いるナイトメア部隊はナリタ連山の登山口に陣取っていた。先鋒がコーネリア本人のナイトメア、そして最後尾がジャレミアのナイトメアが守るという布陣であった。
 ジェレミアはまた被害妄想に悩まされていた。コーネリアが俺を最後尾につけたのは俺に対するいじめではないのか?オレンジには一番最後が似合っているということか。ふふ、、ふふ。。。ジャレミアは自嘲的に笑った。こんな位置ではとても自分が戦果をあげることはできないな、、、ジャレミアは半ばやけくそになりながら、成田連山の頂上に向かって移動し始めたナイトメア部隊の最後尾につけて行った。
 
 森が閑静なほど静かに続く。こんな場所で戦争が起きるとは思えないほど静かであった。ジャレミアは惰性でナイトメアの操縦をしながらまた「オレンジ」についての妄想にとらわれていた。
 「「アタック・オブ・ザ・キラー・トマト」ではトマトがビュンビュン飛んできて人間を襲っていた。もし次の瞬間、この森の中からトマトではなくオレンジが飛んできたら・・・、、、」ジャレミアにはこれが妄想であると十分理解していた。しかし病みつかれたジャレミアの精神は自身の妄想を振り払うだけの精神力は残っていなかった。昨日夜からナイトメアで移動した疲れが彼の妄想を加速させた。夢と現実が混ぜこぜになったような奇妙な感覚を味わいながらジャレミアはナイトメアの中で苦悩していた。


 次の瞬間異変が起こった。森の中からなにかが飛び出したのだ。ジェレミアはギョ!と目を見開いた。妄想を振り払いながら必死で戦闘態勢に入るジェレミアのナイトメア。敵は黒の騎士団の「紅蓮弐式」。コーネリアから無線で檄が飛ぶ。「敵は不意をついて最後尾からわれわれを襲って取り囲む気だ!全員後方へ反転し、迎撃の準備をせよ!」
 しかし次の瞬間、紅蓮弐式の片腕がジャレミアのナイトメアを貫いていた。燃え上がるジェレミアのナイトメア。ジャレミアはすでに気を失っていた。その後はもうどうなったのかわからない。ただ確かなことは戦闘終了後にジャレミアの死体は発見されず、自動脱出装置で脱出したらしいとのことである。最も、コーネリア以下ジェレミアの安否を気遣う者はほとんどいなかったのであるが。ジェレミアの事後処理は「生死不明」ということで簡単に処理された。

 唯ひとりヴィレッタだけが「恐らく死んだであろう」ジェレミアのことを思いだしていた。かっては自分の上司であり恋人であった男。その男がこうも簡単に死亡するとは。ヴィレッタはジャレミアというひとりの哀れな男の凋落とその儚い死を痛んでひとり涙を流した。その夜のブリタニア軍下級兵士宿舎の汚いトイレの一室で。

 

 

※                   ※

 

 

 次の瞬間、ジェレミアが意識を取り戻した時、彼は培養カプセルの中にいた。ジャレミアはおののいた。しかし声も出なければ身体も動かない。ただ黄色い培養液が眼の前に広がるだけであった。

 「ここは、どこだ!?」ジェレミアは絶叫した。しかし答える者は誰もいない。「誰か!誰か、俺を全力でここから出せーーーーーーーッ!!」なおも全く無音状態が続く。彼はもう正気ではなかった。ここは、、、もしかしたら、もしかしたら、、、俺が最も恐れていたミキサーの中ではないのか。すると俺は本当に「オレンジ」にされてしまったんだ!これから「オレンジジュース」にされるために!

 悪夢が現実に、現実が悪夢になったのだ。もうジャレミアの精神は崩壊し始めていた。[止めてくれーーーーッ!!オレンジジュースにだけはなりたくない!!」


 ジャレミアの無言の叫びは誰にも聞こえない。




 「さて、そろそろ出してみるか。」
 パトレー研究所の職員ががゆっくりと呟くと培養カプセルから培養液がみるみる引いてゆく。カプセルの中でぐったりしているジャレミアを確認すると 職員ははカプセルの扉を開いた。まるで意識があるのが不思議なほど、ジェレミアがよろよろと這い出してくる。と思いきや急にジャレミアはピン!と背筋を正した!


 「おはようございマシタ!」

 ジャレミアはすでに人間の精神を失っていた。彼の精神はもはや完全に「オレンジ」と入れ替わっていた。極度の恐怖で追い詰められた精神が、恐怖の対象と同化することで、なんとか完全な精神の崩壊を食い止めたのだ。

 今、この場所にいるのはもはやかってのジャレミアではなかった。あの黄色くて丸っこいオレンジそのものに彼は成りきっていた。
 そして「アタック・オブ・ザ・キラー・オレンジ」、そのようにオレンジとしてゼロに復讐すること、それだけがもはや「オレンジ」でしかない「オレンジ」の意識であった。
  
 今、人間の形をした「オレンジ」という奇妙な生物が一匹、この地球に誕生した。

 

 

(2007年7月18日)
(影姫&黒猫館&黒猫館館長)