あずまんが帝王

(影姫・作)

 

 

(↑このちよ父の勇姿を見よ!!↑)

 

 「本日は転校生を紹介いたしまーす。」ゆかり先生が眠そうな声で言った。しかし「転校生」らしき者の姿はクラスのどこにも見えない。「ざわざわ・・・」クラス全員がどよめき始めた。
 「わかったでー。」大阪がゆかり先生と同様の眠そうな声で答える。どうも大阪は授業中だというのに居眠りしていたようだ。「転校生は動物やんかー。ちよちゃん、忠吉さんが転校生なんとちゃうかー。」ちよが叫ぶ。「大阪さん!忠吉さんは犬ですよ!犬は高校に入れないんです!!」・・・・

 そんな大騒ぎを横目で見ながら榊はぼんやり猫のことを考えていた。(君は本当の猫を探すんだー。)夢の中のちよ父の言葉が榊の脳の中でこだまする。
 「いったいわたしはいつになったら本当の猫と出会えるんだろう・・・」榊はもうすぐ修学旅行、そして来春には卒業・進学を控えた自分の身を案じながらぼんやりと猫のことを考えていた。

 「ハロー、エブリニャン。」
 いきなりガラリとクラスの窓が開いた。榊はギョッとして振り向いた。なんとそこにはあのオレンジ色で平べったいちよ父が宙に浮いているではないか。「・・・!」。しかし妙なのはそれだけではなかった。大阪も神楽もトモもよみもちよもゆかり先生も平静な表情でのほほんとしている。「こんなことが、、これは夢なのか。」榊は絶句しながら呆然としていた。

 ゆかり先生がぼんやりと言う。「はーい。今日からこのクラスに編入することになったちよ父さんです。みんな拍手ー。」・・・ぱちぱちぱち。まばらな拍手がクラスから巻き起こる。ちよ父は浮遊しながら教室に侵入し、ゆかり先生の横に浮いている。

 「みんな、わたしをバードと思っているだろう・・・オー。アイアムアバード。大江健三郎。しかし実はわたしはバードではない。猫だ。」
 ちよがキャッキャッと喜ぶ。「ちよ父さんはバードではなくて、猫だったんですね!」ちよ父がゆっくりとした口調で答える。「オー・マイ・ドオタアー。アイアムア、キャットー・・・」ちよがますますキャッキャッと無邪気にはしゃぐ。大阪が口を挟む。「へー、すごいなあ。こんな大きな猫初めてみたでー。」さらにトモが叫ぶ。「うはーーーー、ようこそ、、、ちよ父さん、われらの楽園へ!」

 榊はそんな情景をみながら、クラス全員が自分を驚かそうとして芝居をしているのではないか?と疑い始めた。あのちよ父に見える物体は着ぐるみでうしろにファスナーが付いていて中に人間が入っているに違いない。きっとそうだ!」榊は自分に言い聞かせてなんとか正気を保とうとした。その時、ちよ父が自分の前にスウッといつのまにか立っていることに気がついた。榊は仰天して椅子から立ちあがった。

 「また会えたなー。わたしはーキャットー。しかし今の君にはわたしを飼うことはできなーいー。君は君に見合った猫を探すんだー。」その時、榊の脳裏でキラリとひらめくものがあった。
 「もしこの世界が夢だとしても今、ちよ父に「本当の猫」の居場所を聞いておけば教えてくれるかもしれない。なんと言っても相手は猫だ。猫のことは猫に聞くのが一番だ。」榊はそう考えておそるおそるちよ父に話しかけた。「あの・・・ちよ父さん、本当の猫は、、、どこにいるんですか?・・・」

 ぶるぶるぶる・・・ちよ父は小刻みに震え始めた。どうやら怒っているようだ。しかしこのチャンスを逃したら一生「本当の猫」についての情報は得られない。。。榊は歯を食いしばって質問を続けた。「教えてください!本当の猫はどこに??」

 「わたしを本当の猫ではないというのか。。。ぶるぶるぶる・・・」

 「あなたを嘘の猫だとは言っていません!ただわたしは猫の格好をした本当の猫の居場所が知りたいんです!!」榊はいつのまにか涙ぐみ絶叫していた。大阪が横槍を入れる。「榊さん、泣いておるでー。どないしたんかなー。」

 「み・・・みな・・・みなみへ行きなさい。そうすれば君は本当のねーこーに出会えるかーもー・・・」次の瞬間、ちよ父の身体が風船のようにどんどん膨張を始めた。椅子や机がちよ父の圧力でなぎ倒される。「パチン!」とはじけた音がした瞬間丸く膨らんだちよ父のお尻のあたりが破けた!
 「ドドド・・・・・」ちよ父が物凄い勢いでロケットのように上昇し始めた。たちまちクラスの天井が破られる。そのまま宇宙へ向けて飛び立ってゆくちよ父・・・

 「ハッ!」榊は気がついた。クラスは平静としている。黒板にはゆかり先生が英語構文を書いている。大阪もちよもトモも勉強している・・・と思ったら大阪だけ居眠りしていた。

 「これは、、、夢・・・ハッ!」もう一度榊は息を呑んだ。教壇の上にちよ父が座っているではないか。しかし今度のちよ父はぴくりとも動かない。榊は手をあげた。「先生、その、、、猫のようなものは一体?」ゆかりが答える。「ああ、、、これねー。大阪がわたしの誕生日プレゼントだって持ってきてくれたのよ。ね、大阪・・・おおさかーーーー寝るなーーーーー!!」ゆかり先生のチョークが大阪の顔面にヒットする。

 榊はぼんやり考えていた。「やはり夢だったのか。。。でも夢の中でちよ父が言っていた『みなみ』とはどういう意味だろう・・・」

 9月の午後の青空に榊は眼を向けてため息をついた。「みなみ・・・南か。」

 あと一箇月で沖縄への修学旅行、榊たちのクラスは高校最大の行事を前に嵐のまえの静かさを伴いながら、今日も平凡な六時間の時間割を終え放課後になった。榊はいつものとおり大阪たちと帰宅するため椅子を立った。「南に、、、もしかしたら本当の猫が、、、」榊の表情はいつになく活き活きとした期待で満たされていた。九月の日がゆっくりと落ちてゆく。平凡な一日を終え、大阪たちのグループは買い食いをするため街へ向かった。

 

(2006年3月9日)