『せどり男爵数奇譚』(特装版)
梶山季之著。桃源社発行。初版昭和49年9月20日発行。(普及版は7月20日)丸背上製総革天金。二重函入完本。全冊識語署名入。限定50部記番。
欧米では「愛書家小説」なるものが存在し幅広い読者を持っているという。これは書籍文化発祥の地である欧米特有の現象だろう。またそもそも「コレクション」なる概念が生まれたのは「全国民が必ず一コレクター」などと呼ばれるイギリスであるという。そういえば大英博物館の偏執的なまでの品揃えは正に「コレクションの国・イギリス」の賜物であるだろう。また最近では米国産の愛書家小説・ジョン・ダニング『死の蔵書』(早川書房)というベストセラーも現れた。この小説の無類の面白さに夢中になられた方も多いと思う。
さてそんな西欧に比べて書籍文化後進国である本邦において突如現れた「愛書家小説」が本書だ。かかる小説の伝統がない日本という国においてこのような小説が突如発生したこと自体が謎めいている。本書の成立自体がミステリアスというべきであろう。
さて本書の題名の一部である「せどり」とは某古書店Aから安く買った本を某古書店Bに高く売りつけて利益を出す行為を言う。このような行為を日常的な仕事として行っているものは「せどり屋」と呼ばれ古書店舗をもつ古書店主とは区別される。
さて本書の内容であるがそんな「せどり」に精通しているらしい怪人物から主人公が古書界の奇奇怪怪な内幕話を聞きだすというのが本筋である。この世に二冊しかない本を自分用の一冊にするためもう一冊を焼き捨てる男、「姦淫聖書」の実在についての薀蓄話、はては人皮装丁にまつわる怪談話などおおよそ通常の世界からみたら考えられないような異様な世界が展開される。これを完全なフィクションとして笑うのも読者の自由だが現役の古書コレクターである筆者からみればあながち「笑えない」話なのである。読者よ。「事実は作り物より奇なり」という諺を思い出していただきたい。それほどまでに古書の世界とは通常の世界の常識が通用しない別世界なのだ。
さて書影はそんな『せどり男爵数奇譚』の50部特装本である。左が外箱、右が内箱である。総革装の本体もずっしりとした重量感がありまさに「愛書家小説」にふさわしい装丁になっている。
さて本書は以前は良く出た本だが最近はメッキリ出なくなった。「限定本凋落の時代」と呼ばれている現代でも本書は依然として高い人気を誇っている。恐らくこれからも古書価は上昇し続けるであろう。
愛書家・コレクターはもちろん古書の世界を覗いてみたいという一般人の方々にも広くお薦めする書物である。老婆心からいえば現在でも入手可能な夏目書房版が一番読みやすい。夏目書房版を読んで気に入られたらこの50部限定本をお薦めする次第である。