『刺青天使』

 

  

 

大塚寅彦著。短歌研究社刊。初版昭和60年4月3月9日発行。カバ帯完本。跋文春日井建。

 もはや現代短歌界のカルト的歌人になってしまった感もある大塚寅彦の第一歌集。本書ははっきり言って「全く」といっていいほど出ない。しかし本書を探している詩歌コレクターも多いと聞く。とにかくやっかいな本なのだ。噂によると大塚寅彦自身も持っていないらしい。

 さて本書の内容は少年期のナルシシズムやそこから派生するマゾヒズムが中心的主題になっている。

   「わが血より醸さむものをうちよせて怒涛よ熱き<虚無>へ捧げよ」

 といったナルシシズムの歌がたちまち

   「汝が尿せし草叢のぬくもりにうち伏して鞭乞ひたかりしを」

 といったマゾヒズムの歌に転化するその瞬間が面白い。これは大塚寅彦の十代後半から二十代前半にかけてのまさに瑞瑞しい<少年の感性>が生み出した賜物であろう。

 さてこういった少年期の残酷性の歌というと春日井建の『未青年』が連想されるが大塚には『未青年』以後、露悪趣味に走って駄目になった春日井を超えて欲しいものだ。大塚寅彦が今後どんな展開を切り開いていくのか?それは読者の我々の楽しみである。