ある古書マニアの想い

 

近所のブック・オフで100円の詩集を買った。
帯は付いていなかった

それでもいいと思った。
だってたった100円の本なのだから。

深夜。
家族が寝静まってから、私はその本を開いた。

すると、見返しのページの間から
丁寧に折って挟まれていた帯が
すこん・・・と
落ちてきた。

なぜ・・・?
とわたしは問う。

ブック・オフなんだから、
帯がついていようと、ついていまいと
買値に関係ないじゃないか?

そして 私は思う。
私だったらこういう場合どうするか?

どうせ10円で叩き買われるのならば
いっそ帯をむしりとって、
ついでに淡唾をページに吐きつけてから
あの気味の悪い作り笑いを浮かべた
ブック・オフの若造に叩き売ってやりたい。

しかし 今夜 私の手元にある本は
帯もむしりとられていなければ、
淡の跡もなかった。

この本の前の持ち主、あなたはきっと
この世のどこかにいるに違いない
奇矯な古書マニアなどという連中のために
わざわざ帯を丁寧に折って、
ページの狭間に挟みこんでおいてくれたのだ。

再びなぜ・・・?
と私は問う。

古書マニアなんてどいつもこいつも
世間に背を向けた偏屈者ばかりだ。
そんな私のような人間のことを
あなたは気遣ってくれたのだ。

その時、私は私自身の卑小さに耐えられなくなって
その帯を破り捨てたくなった。

ちっぽけで哀しい自分のプライドを守るために

しかし帯を破ろうと手をかけたその瞬間に
私は気付いた。

「帯を破らずにとっておこう。」

いつか私がこの本を手放す時に
そっと とあるページに帯を差し込んでおくために。

それは言葉のないメッセージ。
受け取ったものを受け渡してゆくための。

大切なものは壊すためにあるんじゃない。
大切なものは大切に守り通して
いつか私が死ぬ時期にさしかかったならば、
次の誰かに受け渡してゆかなくてはならないのだ。

   ☆                 ☆

先人への感謝、そしてまだ見ぬ者たちへの信頼。
この繰り返しが虚無の闇へと続く
破壊の狂気から人間と人間が創り上げたすべてのものを
救い上げてくれたのだ。
帯は確かにそういって私に微笑んでくれた。

   ☆                  ☆

私は帯をその本に巻く。
そしてグラシン紙で本全体を大切に包む。

あなたの意思を次ぐため。
そして次の誰かにそれを受け渡してゆくために。 


   ☆                  ☆

辻仁成詩集『希望回復作戦』は
こうして今日も朝日にあたる
私の書棚に
背表紙をこちらにむけて置かれている。 

 

初稿1999年10月25日
        決定稿2002年9月5日