あずまんが忘年会
(黒猫館館長・作)
暮れも押し迫った師走。場所は東京・杉並区・荻窪の高級焼肉店。時間は午後六時。冬至も極まった季節の夕暮れ時、あたりはもう真っ暗である。しかし真っ暗な屋外とは対照的に店内はどこまでも煌々と光輝くように明るかった。
本日は美浜ちよのおごりで忘年会である。ちよ・大阪・とも・よみ・榊・神楽・かおりん・ゆかり先生・にゃも、の総勢10人は焼肉店で一番大きなテーブルに腰掛けるとおもむろにメニューを物色し始めた。ビニールを被せられた焼肉店のメニューが10人の手から手へすばやく駆け回る。
ちよが元気の良い声で叫ぶ。「どんどん注文してくださーい!!。今夜は忘年会ですからー。」
大阪が感心して答える。「へー。今日は全部ちよちゃんのおごりなんか。やっぱちよちゃん凄いなあ。」
実は大阪たち8人は今年で高校三年生であり、来年は大学受験なのであった。「受験勉強の疲れを癒すように」という、ちよの配慮も本日の焼肉忘年会には含まれていた。もっとも大阪を中心とするボンクラーズにはそれほど一生懸命に勉強しているような疲れは全く見えなかったのであるが。
ともがニヤリと笑う。「おーす!!どんどん食べようぜ!な?よみ??」 「く・・・」よみが顔をしかめて悔しそうに呻く。それとは対照的に神楽が元気良く叫んだ。
神楽「よーし!喰うぞ!!一年分食べまくってやるぜ!」「そういえば神楽さんは全然太らんなあー。」大阪は心底不思議がっている。
「わたしはいくら食べても全然太らない体質なんだ。」 神楽が答えると、よみがまるで神楽に呼応するように悔しそうに呻く。
よみ「くく・・・」
大阪「よみさん、どないしたーん?」
よみがやけくそな口調で叫んだ「おおーーーー!喰ってやる!!喰ってやる!!どんどんとな!!」 大阪が子猫のようにますます不思議がってよみに粘っこく絡みつく。「へー?凄いなあ、よみさんどないしたんやろーな?な、ちよちゃん。」
「思春期は体格が発育するから沢山食べないといけないんですよ。大阪さんも沢山食べてすくすく成長してくださいね!」 ちよすけの科学的説明に大阪はようやく納得したようだ。しかし代わりに今度はよみがボツリと呟いた。
よみ「ちよ・・・おまえが成長しろ・・・」
ちよすけが元気良く答える。「はい!成長します!!」
「くく・・・その天真爛漫さ・・・」よみは頭をかかえてテーブルに顔を伏せた。
焼肉が大きな皿に盛られてどんどんと運ばれてくる。色々な色の焼肉の皿で、テーブルの上はたちまち皿だらけになった。
大阪が眼を輝かせる。「ちよちゃん、凄いなあ、、、この焼肉20人近くもあるでー。」「大阪さんッ!みなさんッ!!もうどんどん食べまくって楽しんでくださいねッ!!だってもう年が明けたら受験が始まって、もう卒業式がある3月までなかなか会えなくなるから・・・」
ちよはそこで言葉を詰まらせた。そうなのだ。来年1月からは受験シーズン。もうこの10人のメンツで顔を合わせることはしばらく出来そうもない見通しである。
よみがさっきとは打って変わった優しい口調でちよに答えた。「ちよちゃん、泣かなくていいよ。絶対わたしたち8人とも大学に合格するから。そうしたらもう一度最後のお別れパーティをやろう、な?」
よみの優しい言葉にちよの双眼がみるみるナミダで膨らんでゆく。大阪がたんたんとちよをあやした。「ちよちゃん、泣いてもいいんやでー。ここは学校じゃなくて忘年会の場所なんやからー。」大阪の普段からは想像もできない優しさに満ち溢れた言葉に、いつしかちよは大阪の膝に顔を埋めていた。
焼肉がじゅーじゅーという心地よい音を立てる。ジュースを飲んでいた8人にゆかり先生がいきなり檄を飛ばした。
「思春期の少女諸君!今日は無礼講だ!なんならビールも飲むか?!」
にゃもがゆかり先生を牽制する。「ちょ・・・ちょっと・・・谷崎先生・・・生徒に対して・・・それはまずいですよ・・・」 「なーーーにがまずい!?ちよすけの焼肉がまずいってんのか!?」「い、いや・・・そ・・・そういうことじゃなくて・・・」
ゆかり先生とにゃもが喧々諤々の口論を飛ばしている間に、押し黙っていた榊と神楽が沈黙を破った。神楽が呟く。「そういえば榊、おまえ本当に獣医学部に進学するのか。いくら動物が好きだからって獣医なんて本当に大変な仕事だと思うぞ。・・・」
榊がうつむきながら答える。「大変なのはわかっている。ただ挑戦してみたいんだ。自分の好きなことがどれだけできるか。」・・・一瞬の沈黙の後に神楽が答えた。「わかった!頑張れよ!わたしも体育大に入って体育教師目指すからな!。」
神楽と榊がシリアスな雰囲気を作っている間に大阪とともを中心とするグループは相変わらずのドタバタ騒動を繰り広げていた。
大阪がとぼけた口調で呟く。「うへー、ちよちゃんのお父さんは猫やんかーーー。」
ともが大げさに叫ぶ。「大阪が酔っ払ったのか!?」
一番隅っこで押し黙っていたかおりんがまるで追い詰められたハムスターのように突然に叫んだ。
「榊さん!この際だからかおりんじゃなくて「かおり」って呼んでください!」
さすがの榊もこれには参ったらしい。榊は動転しながら答えた。「いや、、、わたしはそういう・・・趣味は・・・」
かおりんがなおも涙ながらに叫ぶ。「趣味!?趣味ってなんですか!わたしは真剣なんです!榊さん、真剣に答えてください!!」
かおりんの執念に榊は追い詰められてなんとも言いようがなくなってしまった。
ともがさらに乗りまくる!「おーーーー盛り上がってきたなー!」 大阪が応酬する。「あたしが大阪に帰ったら「東京」になるねん!」
大阪とともを中心とするドタバタ騒ぎが最高潮に達した頃、その者は現れた。
「ハロー!エブリニャン。」
一同がアッ!と息を呑む。面積は大きいが、厚さがほとんどない不思議な生き物がそこに突っ立っているではないか。。
一同が息をつめて見守る中、 酔っ払った大阪が口走った。「うへー、ちよちゃんのお父さんやんかー。」
一同の脳髄の中で夢と現実が入り混じり始めた。とその時、その生き物がくねくねと動きだした。一同が身の危険を感じてサッ!と身構えると、いきなり生き物の背面についていたファスナーが「ジー・・・」と下ろされた。
「わたしだ。」なんと現れたのは木村先生であった。
「キムリン!!」 ともが大げさに飛び跳ねる。大阪が卒倒する。神楽がビールを吹く。その他の面々もみな唖然として木村先生を見つめていた。
生徒たち8人の大げさなリアクションにさすがの木村先生もショックを受けたようだ。
「なにもそんなに嫌わなくても・・・わたしは君たちが好きなだけなのに・・・」木村先生がさめざめと泣きだした。そんな中で、一同の沈黙を破って榊が木村先生に声をかけた。「・・・大丈夫・・・木村先生・・・別に嫌ってないから・・・」
よみが榊に追従する。「わたしもだ。木村先生。」ずっと押し黙っていた神楽も声をかけた。「わたしも木村先生は根はいい人だと思っていたんだ。」ちよがまとめる。「木村先生!仲間に入ってください!」生徒たちが次々と木村先生を労わってゆくしみじみとした光景の中で、大阪とともだけはいまだにキムリン・ショックから立ち直られず、ぼー、、、とした顔で虚空を見つめていた。
焼肉とビールが下げられてウーロン茶だけになったテーブルを囲みながら、よみは腕時計を見た。するともう11時を回っている。テーブルにうつ伏して寝ているゆかり先生を隣ににゃもがまとめるように言った。
「11時半になったらお開きにしよう。みんな。」一同は無言でうなずいた。
「とにかく今夜一番成長したのはかおりんだと思うよ。」よみが呟いた。あの「告白」からずっと下を向いていたかおりんが少し顔をあげた。榊がよみの後を続けた。「・・・かおりん、わたしは君を「かおり」と呼んであげることはできないけど、ずっと良い友達でいよう・・・」かおりんがもう一度うなずくように下を向いた。
「榊、がんばれよ。わたしも体育大の入学試験がんばるから。」神楽が榊に声をかける。
「神楽なら絶対受かるよ。部活で育んだ根性を受験でも見せてくれ。」よみが呟く。そしてよみはクルリと振り返るとちよに声をかけた。「そういえばちよちゃんはどうするんだっけ?」
ちよが元気良く答える。「わたしもうアメリカへの留学決まってるんです!でも心配しないでください!四年間したらまた日本に帰ってきますから!そうしたらこうしてまた11人で会いましょう!!」
「いいなあ・・・アメリカかあ」よみが夢見るように呟く。神楽と榊が同時に声をかけた。「アメリカでも頑張ってくれよ。ちよちゃん。」
「うん!」はちきれんばかりの元気なちよの声に一同はしっかりとうなずいた。そういえば大阪とともはどうしてるんだろう?と回りを見渡すと二人はお座敷のちゃぶ台の横で大の字で寝ているではないか。
よみが言う。「全く・・・あの二人らしいな。・・・」にゃもがよみに呼応する。「あれがあの二人の「個性」だもの。あの二人はあれでいいと思う。」・・・
「さあ、往こうか!前途洋々たる少女諸君!古き年にお別れを告げ、新たな年へ!」いつのまにか眼をさましたともが叫んだ。大阪が言う。「あたしらの将来は明るいでー。」大阪とともの底知れぬ明るさに勇気づけられたように3人の教師と8人の生徒は焼肉屋を出てそれぞれの帰路につくために夜闇の中へと消えていった。
その情景はあたかも、8人の生徒がそれぞれの8つの違った未来へと旅立ってゆくことを象徴しているかのようであった。
完
(決定稿・2006年12月29日)
(黒猫館館長$黒猫館)