グレタイズム
(光姫・作)
(↑グレタ↑)
「あーら!サガさん!」
グレタの甲高い声が教室にこだました。グレタはサガを指差し余裕の笑みを浮かべている。「サガさーん、通信簿見せあいっこしない?」
今日は12月24日、グレタやサガの学校では明日から冬休みである。午前中から振りだした雪がまばらに積もっている。今は昼休み、後約10分間で5時間目のホームルーム、つまり「通信簿」が生徒に配られる時間だ。
「サガさん、どうなの!?」グレタがサガにしつこく詰め寄る。クラスのみんなも呆れはててグレタを見ている。
サガがため息をつきながら言った。「そんなに見たいならわたしの通信簿見てもいいわ・・・」
「言ったわね!サガさん!あなたの通信簿!じっくり見てあげてもいいことよ!おーっほっほほーーー!!」そんな無理やり・・・とサガはグレタに対して呆れはてた。でも通信簿を見せるぐらいいいか、、、しかしグレタのやり方は強引すぎる・・・そんなことを考えながらサガはグレタの目の前から自分の席に戻った。
ホームルームが始める。「眼鏡をかけた温厚なおばさん」という風情の老教師が生徒の名前をひとりづつ読み上げて通信簿を配ってゆく。「はーい、グレタさん・・・」と呼ばれた時、グレタはピョン!と立ち上がって先生から通信簿をもらった。
ドキドキドキ・・・グレタの心臓が早鐘を打つ。グレタは折りたたまれた通信簿を机の上に置きながら、自分に自分で言い聞かせた。「落ち着きなさい・・・グレタ。ミューレンブルグ一の中学生であるこのわたくしの通信簿が「オール5」でないわけがないわ。とにかく落ち着いて、さあ!通信簿を開きなさい!グレタ!!」
「ぎい〜、、」そんな扉が開く音が聞こえた気がした。グレタは通信簿を開くと上から順番に読み出した。「国語=5」「数学=5」「理科=5」「社会=5」・・・グレタはにんまり笑った。やっぱり「オール5だわ!勝ったわ!!サガさん!!」しかしその下を見た時、グレタの顔はざあっと蒼ざめた。「英語=4」・・・・・・世界を静寂が支配した。グレタは凍りついたようにピクリとも動かない。というか動けないのだ。極度の緊張でグレタの全身が硬直した。
「やったー!とうとう冬休みだーーー!!」ジャンがうれしそうに叫ぶ。それにつられてクラスのみんなの表情もほころぶ。明日から冬休みという安堵感にクラス全体が華やいでいた。サガとノーマとアンヌの仲良し三人組も楽しそうに帰宅の準備を始めた。
「サガ、通信簿どうだった?」アンヌの問いにサガが答える。「2学期よりは良くなったよ。相変わらず数学はダメだったけど・・・」サガは数学が苦手だった。しかし3学期にもっとしっかり勉強すれば絶対に良くなるとサガは確信していた。
そんな会話を交わしながらサガはチラリとグレタを見る。グレタは一番前の席で凍りついたように動かない。「グレタったらどうしたんだろう?通信簿の見せあいっこするんじゃなかったのかな。」。そんなことを考えながらサガはノーマとアンヌと共に華やいだ雰囲気のクラスを後にした。
「雪、積もると思ったんだけど溶けちゃったね。」ノーマが寂しそうに言った。サガが答える。「ううん、また降ってくるって!」あたりには半分溶けた午前中の雪がびちょびちゅになって散乱している。
サガたち仲良し三人組は噴水のあるミューレンブルグ中心地の公園のベンチでワッフルを食べながら、今年最後の会話を楽しんでいた。あと6日ほどで大晦日。サガもノーマもアンヌも年内は大掃除で家から出られそうもないことを覚悟していた。
「また来年、元気に会おうね!!」サガたち三人組は元気に叫ぶとしっかりと握手しあうとそれぞれの帰路についた。
サガが自宅へ帰ろうとすると公園の一番端っこのベンチに誰かが座っている。眼をこらしてみると、それはポカンと気の抜けたようなグレタだった。グレタはどこを観ているのかわからないうつろな眼でぼんやりしていた。
グレタの放心ぶりが気になってサガは思わず声をかけた。
「ちょっとグレタ、あなたそこでなにやってるの?」
ぴくん!・・・とグレタの全身が跳ね上がったと思うと反射的にグレタが甲高い声を張り上げる。「あーら!サガさ、、、ん、、、んん・・・」いつものように攻撃的な声ではない。その声からは針で空気を抜かれた風船のように萎んだ気分が感じられた。
「グレタ・・・さっき学校でも思ったんだけど、なにか悩みでもあるの?それとも体調悪いの?・・・」サガが心配した声で言う。
「おーっほほっほーほーーーー、、、、!!サガさん、わたくしがあなたに悩みを相談!?わたしはそこまで弱い人間で、、、は、なくって・・・よょ、、、」グレタの声がだんだん小さくなってゆく。やっぱりいつものグレタじゃない、そう思ったサガはグレタの横に座った。
「グレタ、ね。強がらなくていいから、なんでも言ってみて。すっきりするよ。」サガの優しい声にグレタが反応する。グレタの双眼がみるみる涙で膨らんでゆく。
「ほほ・・・サガ、、、さん、、、、ぅ・・・う・・・ぅうう・・・・」
なんといつも強気なグレタが泣き出してしまった。サガはちょっぴり驚きながら、グレタの艶の良い頭を撫でる。「よしよし・・・たっぷり泣いてね。グレタ。」サガはまるでシュガーより小さい子供の相手をしている気分でグレタの頭を丁寧に毛並に沿って何度も撫でつけた。グレタはひっくひっくと泣きじゃくりながら、サガの膝に顔を埋めていた。
※ ※
たっぷり泣きはらした後ようやく落ち着いたグレタが言った。「もうわたくし自分の家に帰られなくってよ。わたくしの家は「完璧主義」なんだから。」
「完璧な人間なんていないよ。グレタ。」サガがグレタをあやすように言う。
「サガさん、あなた、グレタ・ガルボっていう女優さん知ってますの?」グレタ・ガルボならドイツ人なら知らない者はいないほどの北欧出身の大女優だ。サガは静かに頷いた。
「サガさん、わたくしの名前の由来は「グレタ・ガルボ」から。つまり「完璧である」ことを運命づけられた人間がこのわたくしですの。これがわたくしの「主義」。つまり「グレタイズム」ですの」。
確かにグレタ・ガルボはトーキー時代の映画界で「完璧なまでの美貌・そして演技」と謳われた大女優だ。しかしそれになぞらえて子供に完璧さを求める親なんて。・・・サガはグレタの家庭事情がだんだん哀れに思えてきた。
「今日、通信簿で「英語=4」をもらってしまったこのわたしにもう「グレタ」の名は合わなくてよ。もうお父さんとお母さんに顔見せられないわ。。。」
(しゅるるるるるる・・・・・・・・・・・)
そんな時、ミツバチのような羽音をたてて公園にシュガーが飛んできた。
「サガったらどうして帰ってこないのかなー。」シュガーがいつもの舌ったらずな声で呟く。次の瞬間、シュガーの顔が突然パッと明るくなった。「あ!サガだ!」
「サガったらどうしたのかなー。なんか元気なさそうだなー。あ!そうだ!!」
(きゅるりん!)
と独特の音をたててシュガーは「魔法の笛」をポケットから引き抜いた。そしてシュガーが一番好きな曲である「スノーフラワー」を演奏し始めた。(上手くゆくかなー、、、)
シュガーの魔法の笛が奏でる音楽に合わせていくつもの雪の結晶が誕生してゆく・・・
「雪だわ。綺麗ね。サガさん。・・・」グレタがポツリと言った。グレタは雪の結晶の美しさに「グレタイズム」を一瞬だけ忘れたようだ。
「ほんと、クリスマスイヴに雪が降ってるの見られるなんてわたしたち運がいいね。」サガが答える。
「わたくしこの雪を観て感動できるかしら。大人になっても。もしかしたら大人になったらなんにも見えなくなっちゃうんじゃないかしら。・・・」グレタが哀しそうに呟く。
「そんなことないよ!グレタ。「グレタイズム」なんてものにこだわらずにありのままの気持ちで雪を見れば、何歳になっても雪の結晶に感動できると思う。わたし。」サガはそれだけ言うと口を閉じた。グレタも口を閉じた。
現在12月24日午後6時。噴水のある公園に夜の闇が忍び寄っていた。
シュガーの作り出した幾つもの雪の結晶が、暗い夜空と対照的に煌々と輝いて、生まれては消えそしてまた生まれては消えていった。「ねえ、サガさん。わたくし友だちがいないので、いつもひとりぼっちなんですの。良かったらわたくしの友だちになってくださる?」沈黙をグレタの問いが破った。サガが答える。「好きだよ。グレタ。完璧じゃなくてもいい。グレタはグレタ・ガルボじゃないんだから。ありのままのグレタが一番好き。今日から友だちだよ。グレタ・・・」
12月24日、クリスマスイヴの夜、ミューレンブルグを漆黒の夜の闇が支配し始めた頃、グレタとサガはしっかりと友だちになる約束をした。
※ ※
「あーら!サガさん!勝負よ!!」グレタの甲高い声が教室に響く。今日は1月8日、新学期の始まる日だ。
「・・・グレタ・・・「グレタイズム」止めたんじゃなかったの?」サガが呆れて問いかける。
「たとえ友だちになっても「グレタイズム」は永遠不滅よ!わたくしは完璧じゃなくて完全な人間になることにしたの!サガさん!」
「完璧と完全って似たような意味じゃん。」ノーマとアンヌが呆れて呟く。
学校にまたいつものドタバタ騒ぎが帰ってきたのを感じてサガは呆れながらもどこかホッとしていた。
「よーし、三学期も頑張るわ!!」サガが叫ぶとノーマとアンヌが呼応する。
「わ・・・わたくしは、、、別に頑張らなくてもいつも完全無欠なグレタですわ!おーーーほっほっほーーーー!!」(ドタッ!)
滑って転んだグレタを見て、サガは半ば呆れながらも新学期への決意を新たにした。
完
(2006年12月11日)
(光姫&黒猫館)