嗚呼、寅次郎
1996年、俳優・渥美清(本名田所康雄)は、順天堂大学病院で肝臓癌のため息を引き取った。享年68才。しかし彼が生涯のライフワークとした映画「男はつらいよ」の主演・車寅次郎は現代でも老若男女のファンに愛されて国民的キャラクターとして人気を博している。現在BS2で放映中の「嗚呼、失恋48発」では過去の「男はつらいよ」を一挙に放映するという快挙を行い、車寅次郎のファンは現在でも脈々とそのファン層を広げている。
わたしの前のテーヴルに置かれている一本のビデオテープ。
ラベルには『男はつらいよ』。
どんな不安な時でも、どんなにイラついている時でも
『男はつらいよ』を観ると自然と顔がほころぶ。
そしてほころんだ顔から自然と涙が湧き出してくるのがわかる。
なぜであろうか。
寅次郎がブラブラ歩く、どこか懐かしい景色への感動か。
寅次郎の飄々した飾らない人柄に打たれるためか。
寅次郎のようなフーテンがまだ生きることを許されていた昭和という時代への郷愁か。
あれはもう20年も前の話だ。
わたしは一度だけ葛飾・柴又に行ったことがある。
露店で団子を喰い、帝釈天でお祈りをして、夜霧の渡でボートに乗った。
風が吹く寒い日のひとりぼっちのさみしい小旅行であった。
しかしその時のことを思い出すと自然と涙が溢れてくる。
あの時代はなんにもなかった。
本当になんにもなかった。
ただ不安と希望が入り混じった未来だけがあった。
あのフーテンの寅次郎が夕日に向かってぶらぶら歩くどこまでも続く廃線路のように。
寅次郎、それはわたしの青春の日々の幻影であるのかもしれぬ。
さらば寅次郎、またどこかで会おうぞ。
さて、これから『男はつらいよ 寅次郎知床旅情』観るとするか。
晩秋の深夜。
誰にはばかることもなく。
(黒猫館&黒猫館館長)